女神の継承は、2022年公開のホラー映画。「哭声/コクソン」のナ・ホンジンが原案、製作したスピンオフスリラーだ。
タイの東北部で崇められている精霊をテーマにしたホラー映画は、人類を超越した存在、呪いによる恐怖を描く。
邪悪なナニカに体を乗っ取られる西洋的な悪霊の要素に加えて、どこにでも宿る霊がもたらす東洋的な不気味さを兼ね備え、そこそこグロくて怖い映画に仕上がっている。
撮影クルーが、女神の巫女のいる村に訪れ、インタビューする様子をドキュメンタリー風に撮影。いわゆるモキュメンタリーという手法を取られた本作は、凶々しさをよりリアルに感じさせてくれる良作。
最近は、西洋的なホラーよりも日本のホラーの方が好きと言う人にもおすすめできる映画だ。
詳しく語られることのない部分も多くあるため、補足しながらストーリーを考察・解説していく。
女神の継承
(2022)
3.7点
ホラー
バンジョン・ピサンタナクーン
サワニー・ウトーンマ
- タイの悪霊を描いたホラー
- 「哭声/コクソン」のスピンオフスリラー
- モキュメンタリーでリアルさ倍増
- 東洋的な不気味さが浮き出る怪作
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映画「女神の継承」キャスト
登場人物 | キャスト |
---|---|
ミン | ナリルヤ・グルモンコルペチ |
ニム | サワニー・ウトーンマ |
ノイ | シラニ・ヤンキッティカン |
マニット | ヤサカ・チャイソーン |
サンティ | ブーンソン・ナクプー |
映画「女神の継承」ネタバレ考察・解説
女神の継承の舞台
(C)2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.
映画は、タイ東北部イサーン地方を舞台にしている。ここではまだ自然信仰が色濃く残っていて、冒頭で祈祷師のニムが話していたように、世界には数多くの精霊がいるとされている。
自然を超越したものすべてをこの地域では「ピー」と呼ぶ。
「ピー」は、村の守護神や死んだ家族の霊を指すこともあれば、餓鬼のような存在もピーである。いわゆる「金縛り」もピーが引き起こすとされるし、生きた人間の肝臓を食べてしまうような邪悪なピーもいる。ピーが指すものは多様で、かつ曖昧である。
引用:東北タイにおける精霊と呪術師の人類学
自然界のどこにでもいて、良い霊でも邪悪でもある霊という点では、日本と通ずるものがある。
そして、この物語の核となるのが、精霊バヤンの存在である。
女神の継承は実話なのか?
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精霊の話については、タイに伝わる宗教的な世界観にもある事実であるが、その土地に棲むとされるバヤンについてはフィクションである。
バヤンは、この土地の精霊として崇められており、精霊と話せる巫女がニムである。
巫女は、いわゆる祈祷師(シャーマン)で、精霊バヤンと人々を繋げる役割を果たしている。
ニムが冒頭のインタビューで、ガンのような病気は治せないとはっきりと語っていたが、現代医学では病名がはっきりしないような体調不良に対して祈祷を行うことで村の人々を救っている。
精神的な不安を取り除くのが目的でもあり、シャーマニズム的な世界観でありながらも、現代科学を否定はしていない。
また、巫女の存在は人々に崇め奉られているわけでもないし、ニムは巫女としての役割のかたわら、縫製業にも従事している。
特別な存在でもなく巫女も普通の人という立ち位置だ。
祈祷師と言う存在は、人々の心を支える役割を担うと言う意味で、現実世界からそれほど離れた世界ではないことがわかる。
カルトでもなく、ごくごくまともな宗教的世界観。それが、身近にも存在し得るリアルな感覚と、呪いが表裏一体のようにカオスっているのが「女神の継承」の怖さでもある。
バヤンの巫女は、なりたくてなるものではなく、バヤンに憑依された者だけが継承者となれる。
憑依されるとひどい頭痛や生理が止まらないなどの症状が出る。継承者は儀式を行うことで、正式にバヤンの巫女となるのだ。
ミンに取り憑いていた悪霊は?
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物語の冒頭、ニムの姉であるノイの夫が突然死する事件が起きる。また、これに続いて娘のミンの様子がおかしいことにも周囲は気づき始める。
ミンにも精霊バヤンが憑依すると起きる、頭痛や生理痛などの症状が現れたのだ。
しかし、この精霊はバヤンではなかった。
最初はミンと近親相姦関係にあった兄のマックが自殺していることから、ミンをあちら側の世界に連れて行こうとしているのかと疑ったが、そうではなかった。
ミンに取り憑いていたのは悪霊だったのだ。
精霊は自然界のどこにでも存在するとされているが、その中で悪霊の怨念の塊が幾重にも重なり合い、より邪悪な霊となってミンに取り憑いていたのだ。
だからミンは幼児のような行動をとったり、知らない人間を職場に連れ込んでひたすらセックスしたり、男のような態度をとることもあれば、犬のように這い回ることもあった。
盲目の老婆
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盲目の女性は視覚が衰えている分、他の感覚が研ぎ澄まされていると聞く。冒頭で登場した盲目の老婆とミンが見つ合っていたのは、老婆がミンではなく、その中に存在する悪霊を見ていたからである。
そして老婆が翌日に死んだ。あたり言及はないが、このシーンはミン、すなわち悪霊により殺されたものと推測される。
つまり、ミンには、自分の父親が死ぬ前から、映画がはじまったときには悪量が取り憑いていたものと思われる。
なぜ取り憑かれた人は犬になったのか?
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女神の継承の中では、取り憑かれた人たちが次々に犬のような行動を取り始める。ミンの中にも犬の悪霊はいた。
彼らは人間を襲い、噛み殺す。まるで野犬のような行動を取り始めるが、これは、ミンの母親であるノイが犬食店を経営しているところに由来する。
犬食はタイの文化で根付いている一方、海外からの冷たい反応から今は法律でも禁じられている。
犬を食べる一方で、犬を飼っているのは変な気もするが、「鯉を買うけど魚を食べるのと一緒だ」というノイの反論は、まぁ確かにという納得感もある。
いずれにせよ、食べられるために殺された犬の悪霊が、人間に取り憑き、憎悪とともに噛み殺しにきているのだ。
「この車は赤い」の意味
祈祷師が話していた黒い車に赤いステッカーで「この車は赤い」が貼ってあったのは、タイ人の迷信である。
「タイ人の迷信なんです。例えば、車を買って、霊媒師や占い師に『この色の車をあなたが運転すると運が悪い』と云われたとしても、もう買い替えるお金がないんですよ。だからシールを貼っている。この考え方が最後の儀式に繋がっていく」
CineBoze
バヤンの首を切り落としたのは誰の仕業なのか?
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物語中盤で、バヤンの像の首が切り落とされているが、これはミンにとりついた悪霊がミンの体を借りて行ったものと思われる。
ミンの体にはバヤンが迎え入れようとしていたものの、夢に出てきたような悪霊「赤いふんどしにベスト姿でお守りを身につけた男」がバヤンの首を切り落としている。
ミンは、宗教的世界観を信じていないと言ったが、ひどい体調不良や幻聴にうなされることで、バヤンの存在を感じていた。
しかし、巫女になりたくない彼女は、悪霊を、祓う力のあるウコンを部屋に取り入れるなど抵抗することで、バヤンの巫女を迎え入れることをしなかった。
また、ミンの母であるノイもバヤンの巫女になることを拒み、キリスト教に宗旨変えしている。ノイもまた、一度バヤンに憑依されてるにも関わらず、それを拒否し、妹のニムに押しつけていた。
これらの理由から、バヤンの精霊がこの2人に来ることはなく、ミンの中に悪霊を迎え入れたのだ。
そして、誤った祈祷師を呼ぶことで、さらに多くの悪霊を呼び寄せることとなる。
ラストの意味、先祖の業が悪を生み出した
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元凶は、ミンの父親の家系にあった。父親の家系であるヤサンティア家は、その昔、多くの人のクビをはねていた。これが今回の悪霊を呼び起こすことになった原因となっている。
『女神の継承』では、先祖の業が子孫に影響するものとして描いています。これも多くのタイ人がそう考えています。
引用:BANGER
また、ミンが完全に乗っ取られた後、たどり着いた先はミンの祖父が経営していた縫製工場の跡地だった。
ミンの祖父はこの地で保険金支払いのためにビルごと燃やして自殺している。
多く人骨がその場所にあったことから、その従業員もあわせて死んでいる可能性が高い。その時の憎悪が大きな悪霊となり、ミンに取り憑いたのである。
サンティが儀式に失敗し、全員取り憑かれるか死んだ後、ヤサンティア家への呪いを示すわら人形が見つかった。
祖父へ取り憑いた呪い、もしくはもっと古くから呪いの力は蓄積し、ノイがバヤンを拒絶したこともあいまって、今回の悲劇が起きてしまったのである。
ニムはバヤンの巫女だったのか?
エンドロールの直前、ニムがラストシーンのインタビューで、憔悴しきった顔で「バヤンの存在を感じない」と告白していた。
その後、彼女は急死してしまうのだが、その理由についてははっきりとしていない。
また、ノイはミンと対峙したとき、バヤンの存在を感じると言っていた。彼女はあの瞬間にバヤンが憑依したのだろうか。
全てにおいて、明確な答えは容易されないまま映画は終わる。
可能性としては、以下だ。
- ニムはバヤンの巫女になったフリをしていただけだった
- 実はずっとノイに憑依していた
ニムは感じたことがないと答えたのに対して、ノイは異常な状況下であるとはいえ、はっきりとバヤンの存在を感じている。
「感じる」というひどく曖昧で主観的な感情であるが、これが本当であるならば、バヤンの巫女を正しく継承しておけばミンを助けることができたのかもしれない。
ヤサンティア家に降りかかった呪いを食い止め、バヤンも首を切り落とされずに済んだかもしれないのである。
夢の中で、バヤンはミンに何を叫んでいたのだろうか。
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