映画「ハーフオブイット:面白いのはこれから」は2020年のNetflix映画。
アジア系アメリカ人監督、アリス・ウーが、思春期の孤独感や恋愛をコメディタッチで描いた作品。
文学的で初々しいこの映画から分かったことは、自由の国アメリカでも、集団生活の中に生きていて、日本人と感覚は大きく変わらないということだった。
アメリカのティーン世代向けに作られた映画だけれど、日本の映画にも雰囲気が通ずるものがあるし、親近感のわくシーンもいくつかある映画だった。
70点
「ハーフオブイット」映画情報
タイトル | ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから |
公開年 | 2020.5.1 |
上映時間 | 104分 |
ジャンル | コメディ、恋愛 |
監督 | アリス・ウー |
映画「ハーフオブイット」キャスト
登場人物 | キャスト |
---|---|
エリー・チュー | リーア・ルイス |
ポール・マンスキー | ダニエル・ディーマー |
コリーン・マンスキー | アレクシス・レミール |
エドウィン・チュー | キャサリン・カーティン |
ディーコン・フローレス | コリン・チョウ |
トリッグ・カーソン | エンリケ・ムルシアーノ |
ミセス・ヘゼルスハップ | ウォルフガング・ノヴォグラッツ |
アンバー | ガビ・サメルズ |
クワディ | ミーガン・スタイアー |
映画「ハーフオブイット」あらすじ
アメフト男子に頼まれて、ラブレターを代筆することになった成績優秀なエリー。お陰で彼との友情は芽生えたけれど、彼と同じ女の子が好きな心の内はかなり複雑…。
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映画「ハーフオブイット」ネタバレ感想・解説
ハーフオブイットで語られる愛とは
映画「ハーフオブイット」は、アメリカの田舎町に暮らすエリー・チューという17歳の中国系アメリカ人にまつわる青春映画。
彼女はクラスの授業の代筆で小遣いを稼ぎ、そのお金で家を支えていた。白人ばかりが暮らすこの町では、彼女をからかうようなクラスメイトもいたりして、あまり学校に溶け込むこともない。
そんなある日、ポールにアスターへのラブレターの代筆を頼まれたところから物語がスタートしていく。
この手のストーリーによくあるのは、誰か好きな人に対してアドバイスや手助けをしていたら、いつの間にか好きになってしまったよっていう流れ。
もしくは好きな人に恋の手助けを頼まれて複雑な気持ちに苦しみつつも手伝ってしまう話。
結末は、ハッピーエンドだったり、切ない終わり方だったり色々あるけれど、ありきたりだけど見たくなる甘酸っぱい青春ムービーだ。
でもこの映画は違う。
エリーはポールに恋愛対象としての興味はなかったし、それは最後まで芽生えない。その代わりにポールが好きな女性、アスターに恋をしているので、三角関係という構図になっている。
単純明快なあるあるネタを、1つ向きを変えるだけで大いに新鮮になる。LGBT云々という問題提起をライトにコメディ要素を交えて、青春時代の苦しみとともにティーン向けに作られた良作だ。
物語としてのセオリーを破っているのに、ポールはそのセオリー通りにキスを迫ってあっさり振られるのも皮肉が聞いてておもしろい。
ポールからしたら、自分のために親身になってくれる女の子だし、緊張して偽りの自分しか出せないアスターよりも心の内をさらけ出してなんでも話せるエリーに惹かれるのは必然なのだけど、この映画は、エリーはそれを許してくれない。
そんなセオリーを破っていく映画だったけれど、物語のラストシーンではセオリー通りの陳腐で安っぽいシーンをあえて入れてくるのがこれまたエモいのだ。
2人がエリーの家で見ていた映画で列車を追いかけて別れを惜しむシーンがあった。エリーはその表現を「陳腐だ」と馬鹿にしていたけれど、ラストでポールが電車を追いかけてきたとき涙した。
どんなにありきたりでダサく見えるその行為も、気持ちが込められていればこんなにも響く。
知性で語るエリーと、感情で語るポール。文化系女子と体育会系男子。アジア人と白人。正反対の2人が互いの価値観を認めて大切な親友になれたのも、コミュニケーションを交わした結果。人種も文化も性別も好みが違ったところでそれは対立の原因にはならない。
対立する原因はコミュニケーションを失ったときなのだ。ティーンの悩みは万国共通なのだとわかる映画だった。
愛は寛容で、愛は親切で、愛は謙虚である
なんて正しいことを教会で語っていたけれど、若者にとっては
愛はうとましくて、愛は利己的で、大胆
の方がしっくりくるだろうし、モヤモヤしたり常識を否定したりしたくなるものなのだ。
「ヤクルト」が出てきたり「emoji」が出てきたりと、アメリカの片田舎で日本のモノや文化が浸透しているところにも親近感を感じた。
ポールが生まれた町から出たことなく、古くから続く店を守り、カトリックの根強い保守的な町で妙な閉塞感を感じたりするところも同じ。
そして何よりも、日本は集団生活を重んじるので個性がなくなるなんてよく言われるけれど、「ハーフオブイット」を見ていると集団行動というのは人間の本質であって、日本に限った話ではないのだなと改めて感じた。
日本は多民族国家ではないので意見が固まりやすいだけであって、アメリカであってもそれは変わらない。
ラストの絵文字の意味は
ポールがメールで送りたいと言っていた絵文字(emoji)。
🍍🦉🐛(パイナップル、フクロウ、眼鏡のイモムシ)
眼鏡のイモムシは、この映画のために作ったらしいので、実際には存在しない絵文字らしい。
「ハーフオブイット」の脚本を書いていたとき、眼鏡のイモムシがないとは思ってなかったの。だから映画を撮ったときデザイナーに作ってもらったの。Appleのライブラリに入れてくれないかな?
この意味はなんだろうか。
アリス・ウーのインタビューによると彼女はこの言葉の意味を墓場まで持っていくらしいので推測の域を出ないけれど、アメリカ文化を調べてみるとだいたい理解はできる。
現代のアメリカの女子の間では絵文字を使って隠れた意味を表すことがある。
- パイナップル・・・(関係の)複雑さ
- フクロウ・・・熱中(知性)
- 眼鏡のイモムシ・・・知性(弱虫)
また、🫐(ブラックベリー)は独り身を表していて🍒(チェリー)は恋人がいることを表している。
でも現実はそんなに単純じゃない。そこで生まれたのが🍍(パイナップル)の複雑さなのだ。
フクロウは、知性という意味とともに、その目玉の特徴から「熱中とかmad(狂っている)」として扱われることもある。
ポールは「眼鏡のイモムシ」は賢そうだと言っているように知性を表しているみたいだけど、エリーはそれを弱虫と表現していた。
「ハーフオブイット」はティーン向けに作られていて、文学的であり感情的である映画だ。
ポールが最初に絵文字を送りたいと言い出した時は、単に愛情表現。
本もあまり読まず、直情的で単純で知性の少ない彼が、言葉の代わりに絵文字を使って愛情表現をしようとしていたように、
「私はあなたに首ったけ(Addicted to you)」としての表現している(それを眼鏡をつけて知性を表そうとしていたところもポールらしい)。
そしてラストでエリーがポールに送ったときには、3人の事をこの絵文字に例えている。
エリーは複雑さを、アスターは知性を、ポールは弱虫として。
映画のタイトルは、「半分しかわかっていない」という意味。3人がみんな、自分のことでさえ半分もわかっていない甘酸っぱい青春はとても苦しいものだけれど、副題(面白いのはこれから)にあるように、この青春を乗り越えた先に楽しみが待っているように思う。
ティーンだけでなく、アダルトになった今でも楽しめる良作だ。
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同じくアメリカのティーンエイジャーが、田舎町の閉塞感や何者でもない自分に苦しむ青春映画「レディバード」。
日本人感覚でも共感できる厨二病っぽさがあるのも面白い。
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