「皮膚を売った男」は2021年のチュニジア映画。
アカデミー賞国際長編映画賞のチュニジア代表として選出され最終選考まで残った作品だ。
2021年の国際長編映画賞受賞作品は以下。
シリアの内戦により恋人と離れ離れになってしまった男が、ベルギーのタトゥーアーティストに買われて自分の肌を芸術作品化していく話。
ヴィム・デルボアというアーティストが実際にティムという男性の背中にタトゥーを入れた作品から着想を経て、シリア難民の問題と絡めて映画化。
ストーリーやキャラクターは架空ではあるものの、シリア難民の実態は事実に基づいている。
シリアの内戦により、祖国を失い、恋人と暮らすことも叶わない悲惨さを伝える。
社会派な映画でもあるが、アーティスティックな映像と引き込まれる音楽がシリアにおける悲劇に対比して非常に美しく、バランスの取れた映画になっている。
皮膚を売った男
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「皮膚を売った男」映画情報
タイトル | 皮膚を売った男 |
公開年 | 2021.11.12 |
上映時間 | 104分 |
ジャンル | ヒューマンドラマ |
監督 | カオテール・ベン・ハニア |
映画「皮膚を売った男」キャスト
登場人物 | キャスト |
---|---|
サム | ヤヤ・マヘイニ |
アビール | ディア・リアン |
ソラヤ | モニカ・ベルッチ |
ジェフリー | クーン・デ・ボウ |
映画「皮膚を売った男」あらすじ
主人公サムは、当局の監視下にあり国外へ出られなくなってしまう。海外で離れ離れになってしまった恋人に会うためなんとかして出国したいと考えていた彼は偶然出会った芸術家からある提案を受ける。それは、背中にタトゥーをし、彼自身が”アート作品”となることだった…。芸術品となれば大金を得ることができ、展覧会の度に海外にも行ける。恋人に会うためオファーを受けたサムだったが、次第に精神的に追い詰められてゆく。高額で取引されるサムを待ち受ける運命とは…。
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映画「皮膚を売った男」ネタバレ感想・解説
シリア内戦と難民
チュニジアから端を発した「アラブの春」。
アラブの春とは、2011年に起きた大きな民主化運動。
当時はSNSの発達によって起きた国民の革命だなんて騒がれていた。
独裁政権から解放されて、民主化により人々へ平和をもたらすのだと。
しかし、これがきっかけで大きな内戦へと発展してしまったのがシリアだ。
シリア難民という言葉を聞いたことはあるだろう。
シリアという国はアラブのどこかにあって、戦争により人々が難民化してヨーロッパに避難している人が大勢いる。
でもそれぐらいしか知らない人が多数を占めるのではないか。
そんなシリア難民にスポットを当て、この深刻な問題に目を向けさせようとするのが、映画の狙いである。
「皮膚を売った男」は、島国にいる日本には理解しにくいシリアの凄惨な現状を伝えてくれる数少ない映画だ。
監督はチュニジア出身の女性で、同じくアラブの春を経験しているがゆえにできた映画だと言えよう。
冒頭の電車の中でサムがアビールに愛の告白をした時、「革命」「自由」という言葉を使ってしまったため、政権側に捕まってしまう。
反逆罪というのも現代日本ではあまりピンと来ないだろうが、普通に死刑になりうる重罪だ。
ただ「革命」「自由」と叫んだだけで、サムには政権を転覆する意図もないのに。
シリアでは独裁国家のアサド政権を倒すために、スンニ派の人々がアラブの春をきっかけとして内戦に発展。
きっかけは民主化運動に過ぎなかった。しかし、政府軍 対 革命軍なんてわかりやすい図式ではない。
そこにはさまざまな利害関係者が登場する。
それは宗教的、政治的理由だったり隣国や大国の思惑も絡んでくる。
当時勢力を拡大していたイスラム国も参戦し、周辺の国々や大国も支援する形で事態は悪化する一方で、2021年現在も解決していない最悪の問題の1つなのだ。
この内戦により数百万人のシリア難民を産むこととなり、「悪である独裁政権を倒す」という名目の元に、国民は悲惨な生活を強いられ、サムのような善良な市民が逮捕される国になっている。
逮捕だけではない。サムの母親は爆弾によって足を失い、避難民用のキャンプで暮らしている。
そこには勧善懲悪な世界とは無縁の現実世界が広がっているのだ。
サムは不当な逮捕から脱出し、恋人と離れ離れになりつつレバノンへ逃亡する。
レバノンは2020年に大規模爆発を起こした場所。その恐ろしいまでの迫力を覚えている人も多いだろう。
この原因はテロ行為というわけでもないかもしれないが、レバノンだって治安が良い状態ではない。
そんな情勢であるから恋人のアビールはベルギーの大使館に勤める裕福な男のもとに嫁ぐことになる。
生きていくために好きではない男を頼ることが必要だからだ。
逃亡先のレバノンで働くサムは、潜り込んだ展示会で現代アーティストのジェフリーと出会い、自らがアート作品になることを頼まれる。
自分の肌にタトゥーを入れ、自らがアートとなって展示物となることを引き換えにヨーロッパへ行くことを決断する。
そこにはアビールがいるからだ。
シェンゲンビザを手に入れた時は自由を掴めると信じていたのだ。
シェンゲンビザとは
サムの背中に彫られたタトゥー。
これは、ヨーロッパ諸国間で出入国審査なしに自由に国境を越えることを認めるシェンゲン協定が発行するシェンゲンビザだ。
旅行で行くぶんにはあまりビザを意識することもないけれど、数ヶ月滞在する場合はこのビザを取得することになる。
日本人ではそれほど難しくないが、シリアなど一部地域においては手に入れるのが非常に難しいらしい。
このビザを持っているとヨーロッパの多くの国に入れることとなる。
サムのタトゥーにシェンゲンビザを彫ることで、人間をアートという作品に変えた。
人間を自由に国を行き来できるモノにすることで、移動すらままならない不自由な人間を皮肉った現代アートを作ったのだ。
サムは自由を手に入れたはずだった。
シリア難民として空爆に脅えて難民キャンプですごさなくてもいい。
レバノンで機械のようにひよこを振り分ける毎日を過ごさなくても良くなった。
しかし、その自由の世界でサムは見世物にされ、差別を受ける。自身のアイデンティティはなく、アートとしての作品としてしか見られなかった。
家族に話せば非難され、近づいたはずの恋人ともうまくいかなかった。
ただ、自由になりたかっただけなのに、
好きな人と一緒にいたいだけなのに、
最終的にサムはオークションにかけられる。500万ユーロという巨額な金額で落札されたサムは完全に商品になる前に声を張り上げる。
そこには怒りでもなく、屈辱でもなく、ただ1人の人間が存在しているのだという叫びであった。
サムはその場で逮捕される。声を張り上げただけで逮捕される。
「自由、革命」とつぶやいただけで逮捕された祖国となんら変わらない。
その場にそぐわないものは排斥されていくのだ。
ラスト
しかし、サムはジェフリーやその関係者の協力により解放されることとなり、恋人のアビーも戻ってきた。
サムはベルギーから追放されることになったが、一向に構わなかった。
喜んで祖国に帰っていった。
ジェフリーは、背中に巨額の価値がついたサムの命を守るために、イスラム国に殺されたと見せかけ、彼は自由の身になるのだった。
現代アートが随所に見られ、至る所に映像美を感じられる。
「皮膚を売った男」を見てシリア難民の問題を知るも良し、アートの世界を堪能するも良し、新しい知的好奇心を掻き立てられるのは間違い無いだろう。
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