あのとき決断していれば、あのときソレを選ばなければ、こうしていれば、あぁしていれば。
人間なら誰しも陥りがちな選択による過去の後悔。諦め。もしくはやってよかったと思う肯定。いずれにせよキリのないタラレバの世界。
そのすべての分岐で世界が分かれているとしたら?その世界の自分が素敵な未来をおくっているとしたら?
この映画は、すべての選択や行動がマルチバースに分かれて分岐する。無限マルチバースを描いた物語である。
「エヴリシング・エブリウェア・オール・アットワンス」は、倒産寸前のコインランドリーを経営する中国系アメリカ人エヴリンが、別の世界線からやってきた悪に立ち向かう話。
一番最悪な選択をし続けた彼女がマルチバースにいるアナザーイヴリンの力を借りて、戦う力を身につけて戦うヒーロー映画。
と思いきや、中身は壮大な家族ゲンカである。A24得意のエモーショナルでアーティスティックな演出をマルチバースの世界観と共に描き切った最高傑作。
某アメコミのような展開を期待していると失笑する可能性も高い。しかし、丁寧に描写されたストーリーと完成度の高い音楽、見事な演出の数々は2度3度と味わいたくなる中毒性のある映画に仕上がっている。
スイス・アーミー・マンで、オナラをする死体と旅をする奇想天外なファンタジーを作った監督によるカンフーアクションファンタジーだ。
主役が美男美女でもなくアジア系のパッとしない中年夫婦を採用しているところも魅力的。娘もスタイルの良いモデルではなく、渡辺直美のようなキャラクター。しかし、彼らの表情豊かな演技は観るものを魅了する。
アカデミー賞にノミネートされるだけある見事な傑作だった。
一度観ただけでは分かりづらいストーリーと登場人物の行動の意味を解説しながら、もう一度映画の内容を噛み締めてほしい。
エヴリシング・エヴリウェア・オール・アット・ワンス
(2023)
4.8点
ヒューマンドラマ
ダン・クワン、ダニエル・シャイナート
ミシェル・ヨー
- 奇想天外な演出によるカンフーアクション
- 中国系移民の現実と親子愛
- スイス・アーミー・マンの監督による異次元の表現
- 二度、三度と味わってほしい傑作
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映画「エヴリシング・エヴリウェア・オール・アット・ワンス」キャスト
登場人物 | キャスト |
---|---|
エヴリン | ミシェル・ヨー |
ジョイ / ジョブ・トゥバキ | ステファニー・スー |
ウェイモンド | キー・ホイ・クァン |
ゴンゴン | ジェームズ・ホン |
映画「エヴリシング・エヴリウェア・オール・アット・ワンス」ネタバレ考察・解説
マルチバースとはなんなのか?
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「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」はかなりぶっとんでいる映画なので、初見でついていくのは難しいかもしれない。
頭の中が異次元と称されるダニエルズ監督はこの映画を撮った目的についてこう語っている。
インターネット時代に生きている我々の感情を表現してみました。言葉にはしがたいこのとてつもなく圧倒される感情をとらえて、それを乗り越えていきたいと思いました
公式サイト
そしてダニエルズ監督が表現したのは以下。
- バカバカしい闘いを繰り広げるSF・アクション映画
- 21世紀の移民の物語を通して家族愛を描く
- あまりに多くの別宇宙に行きすぎ、哲学的な思想を探求することになるマルチバースムービー
このことを知ったうえでもう一度見返してみるとなるほど納得のいく展開となっている。
マルチバースの世界線は、いろいろな映画の中でも度々登場するが、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」のマルチヴァースは星の数ほどに存在している。
人間がとった1つ1つの選択や判断によって世界線は分裂し作り上げられるのだ。
無数に分岐される世界では、たとえばホモ・サピエンスが負けた場合の世界線も存在する。そこには現代の人類の発展はなく、指がホットドッグになったホットドッグヒューマンの世界である。
エヴリンは、駆け落ち同然の状態でウェイモンドと結婚し、移民となってアメリカに渡ってきた。コインランドリーを2人で経営してきたものの、経営状態は良くなく、税金問題にも頭を抱えていた。
結婚生活はかんばしくなく、娘のジョイは女性と付き合い、タトゥーを入れ、エヴリンとも衝突することが多かった。
エヴリンの現在は、決して明るいとはいえない。希望が見えず将来も不安がつきまう世界にいた。
そんなある日、エヴリンの前に現れたのがアルファ・レイモンド。無数の世界線を行き来できる技術をもった人類たちである。
彼らは別の世界線で人生を歩む自分の人格を自由に行き来できる。人格に入り込むことでその意識を乗っ取り、操ることができる。
また、操られた側は、意識がなくなるため乗っ取られている時の記憶はない。
無数にあるマルチバースの時間軸は並行して動いている。だから、エヴリンが国税局にいるときに、別のエヴリンは料理を作っていたり、修行をしていたり、女優として輝いていたりするわけだ。
なぜ、エヴリンは救世主なのか?
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そんなマルチバースの世界では、数えきれない選択をしたエヴリンがそれぞれの世界線に存在する。
その全ての選択の中で悪手をとってきたのが、コインランドリーを経営し、税金問題を抱えているエヴリンなのだ。
全ての夢や希望を捨てて、何者にもなれなかったエヴリンは、他の世界線に生きるエヴリンの能力をダウンロードして、スキルを取り入れられる。
ウェイモンドと結婚しなかった世界線では、カンフーを極めたり、女優になったり、歌手になったり、料理人になったりする。
あり得た未来のエヴリンのありとあらゆる技能を駆使して、悪とされるジョブ・トゥバキに戦いを挑んでいく。
そんな能力を持つエヴリンを探していたのがアルファ・ウェイモンドである。
世界をカオスに陥れようとするジョブ・トゥバキの凶行を止めるため、アルファ・ウェイモンドはエヴリンを探し続けていたのだ。
ジョイ(ジョブツバキ)はなぜエヴリンを探していたのか?
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全宇宙にカオスをもたらす強大な悪、ジョブ・トゥバキを倒して欲しいとアルファ・ウェイモンドに言われたエヴリン。
その悪とは娘のジョイのことだった。
ジョイの目的はすべてをベーグルに変えること。ブラックホールのようなベーグルは、ありとあらゆるものを飲み込む。そして最後にジョイ自身も飲み込まれようとしていた。
すべてを無にすることがジョイの目的だった。
アルファ世界にいるジョイは、エヴリンを探し続けていた。
その理由は、エヴリンとの関係がうまくいっていなかったジョイが、他家族が幸せである世界線を探し出したかったためである。
しかし、エヴリンとジョイが幸せに暮らしていた世界線は、どこにも存在しなかった。
だからジョイはエヴリンを殺し続け、意味のない世界をすべて破壊しようとベーグルに飲みこませることにしたのだ。
なぜウェイモンドは離婚しようとしたのか?
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ウェイモンドはとても優しい男だ。彼はアルファ世界からきたファイターと、エヴリンが戦っている最中にこう述べている
「みんな怖いから戦うが、私は怖いときこそ人に優しくする」
優しいウェイモンドは、エヴリンの苦しみを理解していた。若い頃、両親を捨てて駆け落ち同然にイヴリンを連れてきた彼だが、コインランドリーの経営はうまくいっていない。エヴリンを不幸にしたのは自分のせいだと苦しんでいた。
だから、彼はエヴリンと別れようと離婚届を持ち出したのだ。
この世界でウェイモンドの存在は非常に重要な意味を持っている。彼は人と人とをつなげる役割を果たしている。エヴリンとジョイとの間を取り持つだけではない。
彼は人に優しくすることこそ重要だと説いている。それが彼の戦いかただと。ディアドラがコインランドリーに来て、イヴリンを連れて行こうとしたとき、対話によって解決したのもウェイモンドである。
ウェイモンドの優しさに改めて気づいたエヴリンは、敵を攻撃するのではなく、彼らを幸せにする戦い方を選ぶことになる。
映画のラストと本当の意味
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この物語は大部分がバカバカしいファンタジー映画である。しかし、監督はこのカオスな映画の中で家族愛を普遍的に伝えている。
ある意味ではジョブ・トゥバキの言う通り、この世界は意味のないものである。石ころになったジョイとエヴリンが語っていたように、自分たちの存在なんて非常にちっぽけなのである。
人間の存在なんて宇宙レベルで考えれば取るに足らない存在だ。そこに意味なんてない。ただ、この世に少しでも長く存在しようともがいているだけである。
その足掻きは、この世を残酷な世界に変える。アメリカに移民してきたエヴリンたちにとって、経営も税金も頭の痛い問題だ。家族同士であっても衝突し続ける。
エヴリンは父親との関係がうまくいかなかったが、エヴリンとジョイもまた、衝突を繰り返していた。
石ころのように、ただあり続けるだけならどれほど楽だったであろう。
しかし、エヴリンはそれでも、ジョイと一緒にいたいと伝えた。ほとんどの時間が意味をなさなくても、衝突を繰り返していたとしても、不安の多い未来であったとしても。
この世の出来事はちっぽけな石ころのように意味がなくても、ただ、一緒にいたいと言う気持ちは変わることがない。
ジョイがどこまで受け入れたのかわからないが、ベーグルは止まり、日常に戻った。税金問題はクリアし、家族は笑顔になった。その平穏な日常は長くは続かないかもしれないが、そのわずかな時間は意味あるものなのだと信じたい。
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