「TAR/ター」は2023年公開の映画。
ドイツのオーケストラ・ベルリンフィルで、女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ターの栄光と凋落の物語。
異常なまでの演技力が魅力的なケイト・ブランシェットと緻密なまでに練られた脚本により、アカデミー賞作品賞、監督賞、主演女優賞など主要6部門にノミネートされている。
トッド・フィールド監督は「人間同士が支配し、支配される関係」、「権力やその仕組み」そして権力という巨大なピラミッドが「SNS社会により破壊される様子」を描いている。
しかし、この映画は何の前情報も知らずに観ると、難解で冗長である。オーケストラの専門的な用語がとびかい、登場人物の関係性もわかりにくい。
150分を超える長編映画にも関わらず、前半の60分は特に変化がなく、主役のリディア・ターの栄光と人間性をひたすら描いている。
時間が経つにつれて、不協和音をかなではじめるのだが、何が起きているかの説明はないため、1つ1つのシーンを理解するのは難しい。
しかし、この映画をただただ退屈な映画だと終わらせるにはもったいない。
先に書いたような権力社会を男女格差交えて描いたのにくわえて、エンディングシーンではさまざまな解釈ができるように含みを持たせている。
そしてもう1つ。この物語にはゾッとするようなホラー要素も存在する。
私は事前情報を入れる前に映画を観るタイプであるが、「TAR/ター」は、一度観ただけではその解釈や考察ができる場所に立つことさえ難しい。
この映画に関しては、観る前にネタバレ知ってからでも良いのではと思ったぐらいである。
というわけでここでは、「TAR/ター」で起きていること、ラストの意味から分かるとゾッとする怖い話まで徹底的に解説していく。
TAR / ター
(2023)
3.5点
スリラー
トッド・フィールド
ケイト・ブランシェット
- オーケストラの天才指揮者の栄光と凋落の物語
- アカデミー賞6部門ノミネート作品
- 事前知識がないと冗長に感じる150分
- 本当の意味がわかると怖い映画
- イオンシネマでいつでも1,000円で映画が見られる
- 年会費無料
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映画「TAR/ター」キャスト
登場人物 | キャスト |
---|---|
リディア・ター | ケイト・ブランシェット |
フランチェスカ | ノエミ・メルラン |
シャロン | ニーナ・ホス |
オルガ | ソフィー・カウアー |
セバスチャン | アラン・コーデュナー |
アンドリス | ジュリアン・クローバー |
エリオット | マーク・ストロング |
映画「TAR/ター」ネタバレ考察・解説
TAR/ターのあらすじ
(C)2022 FOCUS FEATURES LLC.
「TAR/ター」は、天才指揮者であり、ベルリンフィル初の首席女性指揮者となったリディア・ターの物語。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、世界でも有数のオーケストラの1つであり、音楽会でも卓越した地位を築いている。多くの音楽家から尊敬され、愛好されているオーケストラである。
映画の中でも言及されている通り、過去は男性指揮者がほとんどで、女性指揮者もゲスト扱いであったが、近年では女性指揮者も増えている。
しかし、まだまだ男女格差はあるという状況だ。
映画の中ではミソジニー(女性蔑視)についてはあまり語られないし、特定の差別的表現にフォーカスされることはない。
今そこに当然のように在るものとして描かれている。
「TAR/ター」では、強大な権力を持つ者が男女や人種関係に関係なく、ピラミッドのトップに君臨している様を描く。
また、リディアはレズビアンとしてシャロンと共同生活をしている。そこには白人ではない娘も存在するが、リディアは娘を変わらず愛しているし、いじめを行う白人の女の子を強く非難もしている。
そこにあるどのグループ分けも関係なく、権力のある者が全てを超越したパワーを持つという構図がそこに存在する。
その権力を持つリディア・ターがいかにして凋落していくのかを書いた物語である。
リディアはミソフォニア(音嫌悪症)に悩まされており、他人が出した音に敏感に反応している。貧乏ゆすりの音や車の振動、冷蔵庫の音などに悩まされ、悪夢にもとらわれている。
また、過去に関係を持った女性クリスタ・テイラーの自殺が、リディアの精神を徐々に蝕み始めるのだ。
クリスタ・テイラーとは誰なのか?
(C)2022 FOCUS FEATURES LLC.
リディアの地位を一気に貶めるきっかけとなったのが、クリスタ・テイラーの存在である。クリスタはリディアと性的な関係にあった昔の教え子だ。
関係性について詳しくは言及されていないが、まだまだ男性優位であるオーケストラの世界で、女性の指揮者としての地位を築いたリディアがその立場を利用して関係を築いたものだと思われる。
中盤、森の中で聞いた女性の叫び声は、リディアの幻聴であるが、リディアとの関係性を拒否したクリスタの叫び声の可能異性がある。
クリスとの自殺により、疑われかねないメールをすべて削除していたリディア。
そのメールには、クリスタが指揮者としての地位を築けないように仕向けたような履歴が残っていた。
指揮者になることを閉ざされたクリスタは失意のもとに自殺することになる。
「TAR/ター」で表現される人間関係は、男女格差よりも、権力の頂上に立つことの構造上の欠陥を描いている。
しかし、この事件が起きた後、クリスタの両親に訴えられ、SNSで悪意のある切り取りをされながら、彼女は非難され、だんだんと挫折の方向に向かっていくのだ。
権力の仕組みは、クリスタや秘書のフランシェスカ、そしてチェリストのオルガを通じて描かれる。
3人ともリディアに親しみをこめて寄ってきたのは、彼女が権力を持っていたからだ。自分たちの夢を叶えるためには権力を行使する必要がある。
クリスタはその権力に背いたことで、潰される。フランシェスカは権力にすりよったものの、リディアがその恩恵を返さなかったため、姿を消す。オルガもまた、リディアに凋落の兆しが見え始めたころから、明らかにコミュニケーションを避けるようになった。
キャンセルカルチャーとは
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権力と対比して描かれるはキャンセルカルチャーの側面。今回、リディアが地位を追われることになったきっかけはクリスタの死だけではない。
リディアと生徒との間で繰り広げられた議論を切り取られ、SNS上に悪意の在る表現でアップされたのだ。
日本でもたびたび巻き起こる炎上と呼ばれる現象であるが、特に過去の言動などを理由に対象の人物を追放するといった行為をキャンセルカルチャーという。
誰かの視点から観た正義のもとに、人間を断罪するため70億総メディア時代の人間たちが権力構造を覆す。
現代社会では、ピラミッドの上にのぼりつめても、大量の人間たちがそこに押し寄せてピラミッドを崩していくことができる。
告発した名もなき人間の行動は、「TAR/ター」の中にしばしば挿入される。
いくつかのシーンでは、遠くから誰かがリディアを見つめている様子が映り、スマホで撮影されている。冒頭でリディアが寝ている姿を撮っているのも、その1つである。
そしてそれは1人とは限らない。少なくとも権力のトップにいるリディアをその頂上から引きずり下ろすパワーが現代社会にはある。
権力を握るものが圧倒的なパワーを持つ時代は終わりを迎えつつあるが、加工された映像を世界中にばら撒いて印象操作することが正しいのかどうかは疑問である。
フィリピンのマッサージ店で嘔吐した理由
(C)2022 FOCUS FEATURES LLC.
リディアは、度重なる非難により、ベルリンオーケストラでの指揮者の座を降りることになる。
はっきりとした描かれかたをしていないので分かりにくいけれど、シャロンと口論になった後、翌日の会議の場で、辞任を言い渡されたものと推察される。
その後、ターはランニング中にポスターを破り、本番に潜り込み、無理やり代役の指揮者の場を奪おうとするほどに自分を見失っている。
その前からリディアは幻聴が聞こえるようになり、幻覚にうなされ、神経障害に悩まされている。精神的にも肉体的にも不安定な状態が続き、彼女の権力構造は崩れていく。
リディアが権力を利用してさまざまな人間を利用し、貶めてきた過去の行為の報いにより、全てを失うことになったのだ。
ドイツでの地位を追われたリディアは東南アジアの地に向かう。宿泊地の近くにあるフィリピンのマッサージ店で数十人の若い女性たちを前にしたリディアは「No.5」をつけた女性をみて嘔吐する。
このNo5には、リディアが指揮をとるはずだったマーラーの交響曲第五交響曲と密接にリンクしている。
数十人の女性たちが目も合わせず、ただ黙って選ばれることを待つ姿は、この映画のテーマでもある”権力”を彷彿とさせる。
No5を持つ女性のみがリディアと目を合わせ(もしくは幻覚の可能性もあるが)たことは、マーラーの交響曲を演奏できずに奪う側が奪われる側に回ってしまった敗北感を味合わせ、嘔吐につながっていったのだ。
なぜ、リディアはモンスターハンターの指揮者となったのか?
(C)2022 FOCUS FEATURES LLC.
リディアは、すべてを失った後、フィリピンにわたり再び指揮者として登壇にたつ。しかし、そこはモンスターハンターのコスプレをしたものたちに向けたゲームショーだった。
このラストは、2つの解釈がある。
- リディアの凋落もしくは再起を表した現実世界
- すべてはリディアの頭の中で起きている虚構世界
まず現実世界で起きている場合だが、これは、冒頭でリディアが残してきた輝かしいキャリアとの対比として描かれている。
ゴールデングローブ賞、オスカー、エミー賞、トニー賞など世界中に知られている芸術性のある名誉を築いてきたリディアが、ゲームのコスプレを楽しむものたちの前で、エンタメとして指揮を振るう姿を人生の凋落として描いている。
また、「モンスターハンター」であることから”モンスター(リディア)を狩る”という意味が含まれていると推察する人もいる。
ストレートに受け取った場合、ここはリディア・ターの栄光と挫折を表したものだということがわかる。
しかし、これはリディアにとっての再起の場という捉え方もできる。彼女はこの場所で指揮をとれることに喜びを感じている可能性もある。
全てを失った彼女は、実家に帰り、指揮者としての夢を見ていた学生の頃を振り返った。
過去に演奏されたビデオをもう一度観たとき、なぜ指揮者を志したのか、言葉を超える力を持つ音楽の存在をもう一度認識することで、自分のしてきたことを悔いていくシーンがある。
世界最高峰と言われるウィーンの音楽会では全てを失うことになったリディアだが、指揮者として登壇することは異国の地でも叶えられた。
文字通りそこには音楽を楽しむ観客がいる。エンタメの世界であったとしても、そこに権威も名誉もなかったとしても、言葉を超えて音楽を楽しむ力があるのだ。
リディアを屈辱的にはずかしめたエンディングととらえるか、ハッピーエンディングととらえるかは、観客に委ねられている。
観るものが権力への憧れや嫉妬が強ければ強いほど、前者を希望するだろう。
そして、前者を希望する場合、さらなる絶望の解釈も存在する。それが2つ目の解釈である、すべてはリディアの頭の中で起きていることであり、虚構である世界だというオチだ。
つまり、異国の地での演奏をするリディアなど現実には存在していないということになる。
リディアは激しく心身を消耗し、錯乱に近い状態にあった。
その状況で権力も地位も名誉も失った彼女が再び登壇することを夢見た世界なのである。
さて、そうなってくると、「TAR/ター」のどこまでが現実で、どこからが虚構に入ったのかという線引きが必要になる。
不穏な空気は映画が60分ほど経過してから始まるが、明らかに空気が変わったのは廃墟に入ってからである。
ニューヨークタイムズのライターは「リディアがオルガを追いかけて廃墟に入ったときから」と推察している。
この解釈はあくまで観たものたちの感想であり、正解ではないが、確かにあの廃墟という空間の異質さには奇妙な印象を受けた。
そこに何かあると考えるのはなんら不思議ではない。実際にそこからリディアの凋落は加速している。
また、その現実と虚構には明確な線引きがあるわけではない。リディアの精神状態が徐々に崩れていったように、少しずつ迷路の中に足を踏み入れ始めているのだ。
そして1つ1つのシーンを思い起こしていくと、映画の中に不気味な人物がいることがわかる。
贈られた本からわかる本当は怖い話
(C)2022 FOCUS FEATURES LLC.
物語の序盤に、差出人不明で送られてきた本を、飛行機の中で破り捨てるシーンがある。
この本はイギリスの女性作家ヴィタ・サックヴィル=ウェストによる「チャレンジ」という本であり、内容は女性同士の恋愛が描いたものだ。
その小説には、2人の恋愛関係が解消されたあと、別れを告げられた女性が自殺をすると相手を脅迫している内容が含まれているというのだ。
つまり、この本の贈り主はクリスタであり、彼女が自殺した本当の原因は、指揮者としての地位を奪われたわけでもない。
リディアと別れたことに悲観したクリスタが自殺した可能性が浮かび上がってくる。
そして、実はいくつかのシーンにおいて、リディアのそばに髪の長い女性の姿が映っているのである。
- NYタイムズの記者からインタビューを受けている最中、観客席から2人を見下ろす後ろ姿の女性
- リディアとメンターのランチの後、仕事部屋のピアノの前に座ったリディアの後ろに映る髪の長い女性
冒頭でインタビューの様子を見続ける女性の姿は、まだ生きているクリスタ本人と思われる。
しかし、その後の部屋にいたシーンでは生気を感じない。この直後にクリスタの訃報を耳にすることになるため、すでに死後の世界にいると思われるクリスタがリディアのそばにいるのである。
また、その直後からリディアは幻聴に悩まされることになるが、そこにはナニカの存在を連想させるシーンがある。
- 仕事部屋をノックされたが誰もいなかった
- ランニング中、悲鳴のような声が聞こえてきた
- 夜中にメトロノームが動いていた
- 本棚からマーラー第五楽章が紛失していた
また、きわめつけとしてリディアがオルガを追いかけた先の廃墟で顔を強く打ちつけた後、夜中に目覚めるシーンがある。
それは一瞬だけれども起き上がった瞬間、ベッドの隣に座る長い髪の女性が一瞬見える。
暗くて見にくいが気づいた人はゾッとするだろう。
この現象がリディアの頭の中で起きている幻覚や幻聴なのかはわからないままであはあるが、トッド・フィールズ監督は意図を持って観客にクリスタを想起させ、怨念のように登場させる。
リディアの精神状態にクリスタを食い込ませ、徐々に侵食していった結果、廃墟のビルで現実と虚構が完全に入れ替わったのだ。
表向きは権力や差別を扱った社会派な作品として作られているが、見方を変えるとゾッとするようなホラー要素がふんだんに盛り込まれている。
考察や解釈がいくらでもできる余地を残している点でこの映画は評価されている。
単純に「ただ長かったな」で終わらせてしまうにはもったいないので、鑑賞後の余韻を楽しんで欲しい映画だ。
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