「余生は田舎でスローライフを」
都会の生活に疲れた人に効果的な甘い文句。一度は耳にした人もいるだろう。実際に、競争社会に生きる人々にはその言葉が甘美なささやきに聞こえてもおかしくはない。
美しい自然に囲まれた田舎では、人々も優しく、お金に執着せず、人口が少ないので誰にもジャマされることなくやりたいことをやれる。
まさに「理想郷」。そんなポジティブなイメージが確かにある。
一方で田舎には陰湿・閉鎖的・村八分といったネガティブなイメージもある。
「理想郷」はネガティブなイメージにフォーカスしたスペイン/フランスの映画。陰湿なのは日本だけではない。欧州の片田舎でも同じように存在する事実に基づく映画である。
この映画は、スペインのガルシア地方に移住してきた元教師のフランス人夫婦が、隣人と対立しトラブルになる。意見の食い違いにより起こる憎悪がきな臭い方向へと進み最悪な展開へ向かう話。
フランス映画なのでセリフは多様せず、映像を中心にムラ社会の気持ち悪さを見せつける。しかし、「田舎は陰湿」というステレオタイプの展開にとらわれず、「ソリの合う人もいれば合わない人もいるよね。」といった感じでフラットにも見れる。
独特の雰囲気で進むためエンタメ性はあまりないが、120分超はあっという間に感じるおもしろさがあった。
「理想郷」は説明の少ない映画なので、映画の内容をネタバレしながら解説・考察していく。
理想郷
(2023)
田舎で起きた恐怖の隣人トラブル
4点
スリラー
ロドリゴ・ソロゴイェン
ドゥニ・メノーシェ
- フランス人夫婦がスペインの田舎で農業生活を営もうとしたら住民と対立
- 田舎の閉塞感と
- 実際に起こった事件を題材に描く
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映画「理想郷」キャスト
登場人物 | キャスト |
---|---|
アントワーヌ | ドゥニ・メノーシェ |
オルガ | マリーナ・フォイス |
シャン | ルイス・サエラ |
ロレンソ | ディエゴ・アニード |
マリー | マリー・コロン |
映画「理想郷」ネタバレ考察・解説
事実にもとづいた映画
冒頭で説明したように「理想郷」は都会の生活を離れスペインの片田舎で作物を育て、スローライフを目指そうとした夫婦が、隣人トラブルに巻き込まれていく話だ。
夫のアントワーヌは、「悪なき殺人」で出会い系にハマってカモられた夫を演じたドゥニ・メノーシェ。彼のどこか不運をまとった雰囲気は今回の映画にも非常に合っている。
アントワーヌ夫婦が移住したスペインのガリシア地方は西側にあり、隣国フランスの国境付近からも800kmほど離れている。
この事件はスペイン全土を震撼させた実際に起きた事件を元に描いている。2010年に発覚した出来事で、ガリシア地方にあるサントアージャ・ド・モンテという村が舞台だ。
映画ではフランス人夫婦だが、モデルはオランダ人夫婦。
1997年に移住してきてから、最初は良好な関係を築いていたが、土地の問題をめぐり関係が悪化。
シャンがアントワーヌ夫妻に対して起こした嫌がらせや作物への毒物混入なども実際に起こった事件に類似している。
映画の中でアントワーヌはビデオカメラを撮影し、証拠をおさめようとしているが、これも実際に被害者がおこなっていたことである。
風力発電所の設置の投票では、賛成8票に対して反対1票というあたり、田舎の中でも限界集落レベルの住民しかいない。
アントワーヌ夫妻は、田舎に移住して育てた作物を売りながら生計を立てるだけでなく、廃屋となった家を修繕し、人を集めようとしていた。
この人数でトラブルが起きるとかなり厳しいだろう。ペピーニョのように味方してくれる仲間もいるが、警察は地元住民びいきのため、隣人に嫌がらせを受けていてもまともにとりあってくれない。
「理想郷」という邦題は、人間の視点でつけられたわかりやすいタイトルであるが、原題は「AS BESTAS(野獣)」。これは獣達のナワバリ争いのことを指している。
昔から住んでいたシャン達にとって、この地は自分たちのナワバリだった。急にきた他所者が自分たちの生活をおびやかしてくると警戒し、憎しみとともに排除しようと考えたのだ。
また、アントワーヌたちにとっての理想郷は、シャンにとっては違う。生活は裕福とは言えないし、そこに住みたくているわけではなく、他に選択肢がないだけだ。
この両者の価値観の食い違いが対立をより深めていくことになる。
なぜアントワーヌとシャンは対立しているのか?
風力発電所の設置についてアントワーヌとシャンは意見が分かれて対立していた。「理想郷」は建設に関する投票後から始まっており、物語の冒頭ではすでに関係は悪化している。
ここでは都会と田舎という違いだけではなく、教育の差も大きな隔たりがあった。アントワーヌ夫妻はフランスで教師をしてていたため、一般的な学があった。
それに対してシャンやロレンソはずっとここで暮らしていて、まともな教育を受けてこなかった。そして、ロレンソはどこか精神障害を持っているようで、動きも遅く話をあまり理解できていない。
田舎暮らしをスローライフといえば聞こえはいいが、実際には貧困状態だった。そこに風力発電所の設置すること金銭が手に入るという話がまいこみ、シャンたちは賛成した。
しかし、アントワーヌは対価としては少なすぎると考えて反対していた。風力発電による環境破壊の影響もあり、美しい景観を壊す原因となるからだ。
再生可能エネルギーの風力発電であるが、設置するには森林伐採の必要があったり、鳥が風車のブレードに衝突するバードストライクなど、問題はあるようだ。
わざわざ、ノルウェーの業者が自国に立てるのではなく、スペインを選んでいることからしても理由を察することができる。
しかし、世界を見て回ったアントワーヌ夫妻が何を言おうと、貧困にあえぐシャン達には関係ない。彼らにとってはこの狭い世界が全てだった。
風車の建設はアントワーヌ達だけが反対していたため、契約が進まなかった。シャン達からすれば、村に住み着いて数年の男が同じ一票を持つのも気に入らなかった。
生まれて50年間この地で生きてきたシャンと同じ権利を持つことに不公平感を感じていた。
単純に都会の人間が気に入らないというだけでなく、金銭的な対立が二人の関係性を悪化させていく。
酒ビンを敷地内に捨てられ、イスにも尿をかけられる。村にある酒場では聞こえるように悪口を言われ、言い合いになった。
農作物の貯水槽に車のバッテリーを捨てられ、1年かけて育てた作物をすべて台無しにされた。
しかし、警察はまともにとりあわない。この地では、明らかな差別が起きていた。証拠をおさえるべくアントワーヌはカメラを手にしてこっそり撮影する。しかし、決定的な証拠は撮ることができていなかった。
シャンたちの攻撃に真っ向から立ち向かおうとするアントワーヌに対して、オルガは夫の身を案じていた。
ある日、夜中の道でシャンとロレンソが待ち伏せしてた。あのときオルガもいなかったらアントワーヌは殺されていただろうと。
そして、話し合いは決裂し、最悪な結末が起きる。ある朝、アントワーヌが犬の散歩に出かけると、待ち伏せされた2人に殺されてしまうのだ。
オルガはなぜ村を出て行かないのか?
アントワーヌは失踪したまま見つからなかった。捜索願を出すも一向に見つからない夫をオルガはずっと探し回っていた。映画ではあまり時間の経過が感じられないが、事実では4年以上経過して死体が見つかっている。
過去に何度か訪れているという会話もあるため、映画の中でも数年経過しているのは間違いない。
オルガの娘はたびたび足を運び、一緒に暮らそうと提案するもオルガが首を縦に振ることはなかった。
その理由は、オルガはアントワーヌを愛していたためだ。
アントワーヌの夢は、この理想郷で心豊かに暮らすことだった。捨てられた廃屋を再生し、美しい自然と共存するという目的があった。
愛している娘とその孫と離れて暮らす決断をするほどの覚悟があり、オルガはそれに賛同してついてきた。
だからオルガは、アントワーヌの失踪後も、隣人に殺人者がいることもわかったうえで村で暮らすことを選んだ。
そして彼女は彼女なりに闘っていたのだ。
娘は、オルガがアントワーヌに対して心配していたように、オルガの身を案じていた。父親を殺した家族がいる場所に母親1人で暮らしているのは心中穏やかなわけがない。
何度足を運んでも拒否を続けるオルガに激昂するシーンもあるが、最終的にはオルガとアントワーヌの愛を理解し、オルガの行動を尊重した。
ラスト シャンたちは逮捕されたのか?
数年後、オルガはアントワーヌが襲われた場所でカメラを発見する。
その手がかりから、付近でアントワーヌの遺体が発見されたがビデオカメラの記録は復元できなかった。
しかし、オルガはシャン達が捕まることを確信していた。
実際の事件でも2010年に行方がわからなくなった夫が、2014年に遺体として発見されている。そして対立していた家族が逮捕された。
理想郷も、実在の事件にもとづいているので、映画の終了後、シャンとロレンソは逮捕され、母親は1人になったと見て良いだろう。
この映画では男女の闘い方の差も描かれている。前半パートはアントワーヌとシャンによる男の闘いだ。男性特有の暴力で支配し、屈服させようとする粗雑な行為である。
アントワーヌ自身は暴力的な行動をとっているわけではないが、ビデオカメラで撮影したり、家に押しかけるなど、威嚇する行動をとっていた。
対してオルガは表には闘争本能を見せていない。しかし、決して夫の陰に隠れていたわけではなく、主張するところはきちんと主張し、理性的な行動をとっていた。
警察に対して必要なことは伝える。捜索活動では、感情を訴えるわけでもなく協力体制を取ろうと試みていた。その結果、アントワーヌの死体が見つかった。
シャンの母親も同様に、表向きには闘争本能を見せていない。彼女が激昂したのはアントワーヌが敷地内に入ったときのみだ。
静かなる女性同士のナワバリ争いは、オルガが勝利するのである。
隣人トラブルは田舎だろうが都会だろうが起こりうる問題である。また、シャンとアントワーヌは最初から仲が悪かったが、アントワーヌ夫妻はペピーニョとは仲良くやっていた。
実際の事件で殺人を起こした隣人と移住してきた夫婦も、移住当初の仲は良好だったという。関係が悪化したのは土地の所有権の問題からだ。
この事件ではシャンのガサツで嫌味ったらしいキャラクターがフォーカスされているが、利害が対立すれば誰もが陥る可能性はある。
この世には、どうしても交わるべきでない人がいる。アントワーヌは自分の正義を貫こうとした結果、殺されてしまった。
人類があまり踏み入れていない雄大な大自然は魅力的であるが、人類が長年培ってきた論理的な文化も薄まる。そこには法律や倫理よりも優先される闘争本能むき出しのナワバリ争いが待ち受けているのかもしれない。
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