「ザ・ホエール」は2023年に公開された映画。
ボーイフレンドを亡くし、過食症になってしまったチャーリー。病院へ行くことも拒否し、死期を悟った彼が、8歳から疎遠になっていた娘のエリーと再び出会うヒューマンドラマ。
「ノア」や「ブラックスワン」のダーレン・アロノフスキー監督が手がけ、ハムナプトラのブレンダン・フレーザーが巨漢メイクを施して挑んだ映画は見事にアカデミー賞、主演男優賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲得した。
部屋の中だけのシーンでほぼ完結している「ザ・ホエール」は、チャーリーという男の喪失感や、疎外感に共感を感じられないのであれば、この映画に心惹かれるのは難しい。
「正しいこと」とはなんなのか。キリスト教の「こうあるべき」人間の生き方ができなかったチャーリーに救いの手はあるのか?
詩的表現も使われて表現されているため、ストレートに伝わりづらい部分もあるが、疎外や喪失、生きづらさを、少しでも経験したことがあるのであれば、ぜひチャーリーの言葉を聞いて欲しい。
「あなたはそのままで素晴らしいのだ」と。
ザ・ホエール
(2023)
3.8点
ヒューマンドラマ
ダーレン・アロノフスキー
ブレンダン・フレイザー、セイディー・シンク
- 過食症の男が死ぬ前に娘と対話する
- マジョリティになじめない人間の喪失感や疎外感の話
- 巨漢のメイクアップは圧巻
- アカデミー賞2部門受賞作品
損しないサブスク動画配信の選び方
映画を観る機会が多い方のために、損しないサブスクの選び方を教えます。
映画「ザ・ホエール」キャスト
登場人物 | キャスト |
---|---|
チャーリー | ブレンダン・フレイザー |
エリー | セイディー・シンク |
リズ | ホン・チャウ |
メアリー | サマンサ・モートン |
トーマス | タイ・シンプキンス |
映画「ザ・ホエール」ネタバレ考察・解説
チャーリーは何を苦しんでいるのか
(C)2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.
冒頭数分からチャーリーは呼吸困難により命を落としそうになる。
まともに立って歩くこともできないほどに巨漢になった彼は、少し興奮するだけでも命に関わるほどに危険な状態だった。
チャーリーは過食症であったが、病院には行かず、自分の死を受け入れていた。それは覚悟していたというより、生きる希望を失っていたようだった。
人生に失望し、虚無になっていた彼にとってはどうなっても良かったのだ。
チャーリーにはアランという恋人がいた。アランの死が深く影響していて、自暴自棄になっていた。
しかし、自分の死が近いことを悟った彼は、最後に昔別れた妻との間にできた娘、エリーと再び会うと決意する。
アランはなぜ死んだのか?
(C)2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.
アランの死因は自殺。
橋から飛び降り溺死している。精神的に病んでいたアランは、拒食症と不眠に陥り、突然姿を消した。そして数週間後に海辺で遺体となって発見された。
アランと妹のリズは家族が新興宗教であるニューライフに入信していた。リズは早々に宗教への信仰心を捨てたが、アランは親の期待に応えるように真面目に取り組んでいた。
また、アラン自身も宗教のことを愛していた。
しかし、キリスト教への信仰心と、アランが抱えるアイデンティティのギャップにより悩んでおり、結果的に愛する宗教からも家族からも見放されたことで絶望を生んでしまったのだ。
アランはチャーリーと体の関係にあった。チャーリーとは先生と生徒という関係だったが、次第に惹かれ合うようになり、卒業とともに一緒に生きることを決意した。
アランの妹のリズは、「人は誰かを救うことはできない」と語っているが、救ってやれることができなかったチャーリーは、人生に失望し、アランとは逆に過食症になっていった。
キリスト教と同性愛
(C)2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.
同性愛というキーワードが、キリスト教と深く関係する。
キリスト教系のニューライフからやってきた宣教師であるトーマスは、アランは祈りを神に捧げなかったから死んでしまったと言っていたが、キリスト教は同性愛を良しとしていない。
特にニューライフのようなプロテスタント系の教会は、ローマ法王のカトリック系よりも、同性愛への許容度は低いようだ。
仕事をして家庭を持つことが神の意思とされ、良しとされる世界では、アランやチャーリーのようなその教えに当てはまらないマイノリティな人々は、神から見放されることになる。
日本的感覚では、宗教への信仰心について理解しづらい点もあるが、家族が信仰しているだけでなく、アラン自身もその教えを深く愛していた。
それゆえに自分のアイデンティティを否定され、見放されてしまったのが深い悲しみに陥ることになってしまったのは事実である。
エリーはトーマスを救おうとしたのか
(C)2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.
エリーは、大麻をやっているトーマスを写真に撮った。そしてトーマスの罪の告白を録音して、家族に送りつけた。
トーマスはニューライフの宣教師としてきたのではなかった。彼はお金を盗み逃げできたのだ。そして家に戻れなくなっていた。
なぜ、エリーはそんなことをしたのか?トーマスを貶めようとしたのか、それとも救おうとしたのだろうか。
これに関しては明確な答えはない。
しかし、冷静に考えて、逃げできた彼が大麻の写真を家族に送りつける行為が救いのためとは思えない。
優しさだとすると、筋道が通らないし、どれだけ不器用な優しさであっても大麻の写真を送りつける理由にはならない。
エリーの普段の暴力性や、母親からevil(悪)だとされる彼女は度を越した悪意が感じられる。そこには不遇の境遇があるのは確かだとしても。
ここでフィーチャーされているのは、チャーリーのポジティブな思考である。メアリーがエリーのことをどのように伝えてみても、彼はそれを正当化する。
チャーリーにとってエリーは、自己肯定できる唯一の存在であり、自我を保つための残された道なのである。
だからチャーリーはエリーがトーマスを救った事実を聞いて、エリーは正しいと信じたのであり、信じたかったのだ。
しかし、エリーの行動により、トーマスが救われたのは事実である。神でもなく、母親にevil(悪)だと言われたエリーに。
エリー自身は、トーマスを救うつもりであったにせよなかったにせよ、それはこの物語の本質ではない。
このことを知ったチャーリーは、そこに救いを見出したのだ。
チャーリーは死んだのか
(C)2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.
チャーリーは、自分のしてきたことが全て間違っていたのではないかと考えるようになっていた。妻と娘を捨てて1人の男性を選んだことを悔いていたし、アランを救えなかったこともそうだった。
チャーリーのように普通の生き方ができない人間にとって、この世界は過酷だ。エリーや生徒たちに「正直に言え」と幾度となく言っていたのは、人間のアイデンティティそのものを認めたかったからである。
だから彼はアランが自殺した原因となるニューライフを責めるようなことはしなかった。
ありのままが美しい。エリーに自分自身を肯定し、認めて欲しかったのだ。
エリーが8歳のころ、有名な小説「白鯨」を読んで、退屈に感じたり、かわいそうだと書いた正直な感想こそ讃えていたのは、それが人間のもつアイデンティティだったからだ。
それはまるで、チャーリー自身に何度も言い聞かせているようだった。チャーリーこそが、アランの死により、自分自身を否定し続けていたのだから。
エリーが悪に染まってないかを心配もしていたのは、一つでも正しいことをしたのだと思いたかったからである。
幼少期の宗教観から己の存在を否定され続け、メアリーとの関係もうまくいかず、アランにも先立たれた彼にとって、エリーがまっとうに生きられることこそが、自分の生きた証だったのである。
彼がやってきたことは全てにおいて救いがなかったのか、全て間違っていたのではないか。
死ぬ前にエリーに白鯨を読ませたのは、エリーに自信を持って欲しいという想いと共に、自身にも救いを求めた結果である。
チャーリーは最後に自分の足で立ち、エリーの元へ向かう。最後に見た景色は、エリーやメアリーたちときた砂浜だった。
楽園のシーンを見るに、彼は死ぬ直前に救われたのである。
タイトルの意味
(C)2022 Palouse Rights LLC. All Rights Reserved.
エリーが8歳の頃に書いた読書感想文である「白鯨」は、アメリカではとてもよく知られている詩人である。
世界10大小説とされているほどに有名な文学であり、長編で難解、物語は、マッコウクジラに足を奪われた男の復讐劇であり、全体的に陰鬱な雰囲気が出ている。
また、イシュメイルやエイハブといった旧約聖書に出てくる名前の登場人物もいる。
小説にはキリスト教による異教徒や、従わない人種を虐殺してきた歴史的背景を風刺に含めたりと、「ザ・ホエール」に通ずるテーマにもなっている。
コメント