「MONSOON/モンスーン」は2022年の映画。
幼少期にベトナムからイギリスへ渡った主人公のキットが、両親の死をきっかけに30年ぶりに祖国に戻る。
しかしそこで目にしたのは、30年間でめざましい発展をして景色がガラリと変わってしまったベトナムの地。
故郷の懐かしさはなく記憶すら曖昧な中、帰属意識を得られずに孤独を感じていく話。
主人公を演ずるのは「ジェントルメン」でアクの強い中国マフィアを演じたヘンリー・ゴールディング
ベトナムから脱出した者、ベトナムで暮らし続ける者、アメリカ軍兵士の子供、ベトナム戦争を知らない若者たち。
世代や立場の違い、それぞれの視点からベトナムという地を見つめ直す映画だが、残念ながら生まれも育ちも同じで、すでに戦争を知っている人の方が少ない日本人感覚からすると、共感するには状況が違いすぎたのは事実。
雰囲気はおしゃれでエモーショナルな演出が多いのだが、そこに至る景色を共有できず、最後までのめり込むこともできない映画だった。
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「MONSOON/モンスーン」映画情報
タイトル | MONSOON/モンスーン |
公開年 | 2022.1.14 |
上映時間 | 85分 |
ジャンル | 恋愛 |
監督 | ホン・カウ |
映画「MONSOON/モンスーン」キャスト
登場人物 | キャスト |
---|---|
キット | ヘンリー・ゴールディング |
ルイス | パーカー・ソーヤーズ |
リン | モリー・ハリス |
リー | デヴィッド・トラン |
映画「MONSOON/モンスーン」あらすじ
キットは両親の遺灰を埋葬すべく、30年ぶりに祖国であるベトナムのサイゴン(現ホーチミン)に足を踏み入れる。彼は6歳のとき、家族とともにベトナム戦争後の混乱を逃れてイギリスへ渡った”ボート難民”だ。埋葬場所探しを開始するが思うようには進まない。サイゴンは今やすっかり経済成長を遂げ、かつての姿は見る影もなかった—。
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映画「MONSOON/モンスーン」ネタバレ感想・解説
©MONSOON FILM 2018 LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019
イギリスに住む主人公のキットは、両親の死をきっかけに納骨の場所を探しにやってくる。
しかしベトナムで見る景色はまるで違っていた。それは子どもの頃しか住んでおらず、記憶があいまいだっただけではない。
ベトナム戦争から30年というときが経ち、道路は整備され、大きなビルが立ち並ぶ。当時のなごりがなくなっていたからだ。
まずはキットが生まれ育った街であるサイゴンにやってきて、古い友人に会う。リーは街で家電ショップを経営していて、ベトナム戦争後もこの国で暮らしていた。
昔住んでいた場所にやってくるも、ほとんどが様変わりしていて記憶も薄い。彼はツアー客と一緒にバスに乗り故郷の周辺を散策する。
自分の住んでいた家の近くまでいくもほとんど何もわからない状態になっっていた。
かつて自分が住んでいた家が完全に消えてなくなってしまうことはあり得ない話ではない。私は生まれ故郷に変わらず住んでいるが、子どもの頃とは違う変化は少なからずある。
しかし、キットの持つ苦しみや痛みはそういう類のものではない。街が発展したことで思い出の地が消えてしまったというノスタルジックな悲しみがあるというよりは、悲しいという感情すら起きないほどに記憶がないのだ。
逃亡の過程で当時の写真をほとんど捨てられたので、思い出せる要素もないところに街が様変わりしてしまった。
ゆえに、故郷を懐かしむという感情すら全く持てずに苦しむことになる。
両親の骨を埋葬しようにもどこが彼らにとって安息の地なのかすらわからない状態なのだ。
「MONSOON/モンスーン」は、ホン・カウ監督自身の経験に基づいている。監督自身はカンボニアから逃れてベトナムで8歳まで過ごし、ベトナム再統一後に渡英している。
難民は主に小型船にのって海を渡る、いわゆる”ボート難民”と言われる。ぎゅうぎゅう詰めの小型船で逃げ出してきたものたちなのだ。
©MONSOON FILM 2018 LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019
キットの父親がいたのは南ベトナム軍でありアメリカ側がついた国だ。ベトナム戦争終結後は北ベトナム政府により再教育キャンプに送られるなど苦しい思いもしている。
再教育キャンプというのは事実上の強制収容所。第二次世界大戦で多くの日本人がシベリアの強制収容所に連れて行かれたように、過酷な労働施設だった。
しかし、ベトナム戦争集結から30年以上が経ち、今の若い者たちに戦争を知るものはいない。幸いにも彼らは大人から戦争経験の憎しみを植え付けられておらず、夢に満ち溢れ人生を楽しんでいるようだ。
アメリカ人のルイスもベトナムに来た頃はカナダ人になりすまそうとした。しかし、その必要はなかったと語っている。
大人から子どもへ受け継がれるネガティブな感情ほど悲しいことはない。憎しみは連鎖され、その子どもたちは直接何もされていないどこかの国の人間を恨むようになる。
日本も同じように憎しみを連鎖させずに発展してきた国。日本が第二次世界大戦後に経験してきたことと同じような発展を辿っているのだ。
違うことといえば、ベトナムは社会主義国家であり、市場経済を導入しているということ。一党独裁政権なので中国に似ている政治体制だが、アメリカとの関係はそれほど悪くはない。
私たち日本人は戦争終結後70年以上が経過していて、当時を知る人はかなり少なくなっている。
ベトナムはまだ35年ほど。だからキットより上の年代の大人は戦争の悲惨さをまだまだ知っているし、そのことを若者にも伝えている。誰かを恨むというよりは、戦争そのものの怖さを伝えている。
©MONSOON FILM 2018 LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019
一方でそれを知らない若者たちには説教じみて感じることもあるようだ。それはある意味健全だろうが、キットがベトナムで出会ったリンという女性は、伝統を守って生活することに窮屈さも感じている。
戦争の時代は、他に選択肢がなく海外に散らばっていった難民はもういない。そこには希望を持って自らの意思でベトナムから出たいという若者の姿があった。
キットは、難民として海外に渡った人間であり、リーのようにベトナムで暮らし続けた者とは違う。彼らのようにベトナムの平和と発展を目の当たりにしてきたわけではないので、故郷を懐かしむこともできない。
かといって戦争の悲惨さを知っているわけなので、夢や希望を持ち、堂々と世界を旅したいというリーの気持ちにも馴染めない。
戦争を知る者と知らない者、そのどちらにも帰属できないキットはベトナムの地でもずっと苦しみ続けるのだ。
また、キットがゲイであるという演出は、セクシャルマイノリティの面でも孤独を強調している。
ルイスや別の男性など、ゆきずりの人たちとセックスを行い、特定の誰かと恋愛をしているわけではない。兄やリーは結婚して子どももいる。
どこにもキットの安息の地はなく、だからこそ両親の骨を埋める場所も決められず苦悩するのだ。
「MONSOON/モンスーン」は、ベトナムの地で苦しむ難民の自己アイデンティティとホーム(故郷)はどこにあるのかという話。
監督の実体験に裏づけられているため、非常にリアリティがありまるでドキュメンタリーを観ているようだった。
幸運にも他国に侵略されなかった日本は多くの日本人が故郷で生まれ、その地で育っている。そのため、今回のように難民として苦難を乗り越えたわけでもないので共感が生まれなかったのも事実。
ベトナムの昔からある変わらない情景と、発展した現代の建物を映し出し、ノスタルジーでもありモダンでもあるアーティスティックな映像は美しいが、物語としてのおもしろみは少なかった。
ちなみにサイゴンとは、ホーチミン市のことでハノイまでの距離は1800kmほど。
日本でいうと本州を縦断するほどの距離があるのでめちゃくちゃ遠いことがわかるだろう。
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