「悪意なき殺人」は2021年公開のフランス映画。
ある女性の失踪に関わる5人の登場人物。偶然の出来事の積み重ねにより、悲惨な殺人事件に発展してしまうまでの過程を登場人物の視点を切り替えていくことで、真相に迫るミステリー。
捜査はあくまでサイドストーリーで、本筋は関係のないと思われる5人の人間。彼らは密接に関わっている者もいれば、まったく関係のない者もいる。しかし、図らずとも彼女の失踪に影響を与えていたのだ。
そして、このストーリーに出てくる登場人物のそれぞれについてもう一度考えてみるとある共通点が浮かび上がる。
伏線を回収して真相にたどり着くまでのミステリーとしての爽快感と、フランスらしい感情の行間を読む芸術的な側面が混在し、多くの人が楽しめる映画になっている。
数多くの伏線が出てくるのでまとめて紹介しながら解説していく。
「悪なき殺人」
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「悪なき殺人」映画情報
タイトル | 悪なき殺人 |
公開年 | 2021.12.3 |
上映時間 | 116分 |
ジャンル | ミステリー |
監督 | ドミニク・モル |
映画「悪なき殺人」キャスト
登場人物 | キャスト |
---|---|
ジョセフ | ダミアン・ボナール |
アリス | ロール・カラミー |
ミシェル | ドゥニ・メノーシェ |
マリオン | ナディア・テレスキウィッツ |
エヴィリーヌ | ナディア・テレスキウィッツ |
映画「悪なき殺人」あらすじ
フランスの山間の人里離れた町で、吹雪の夜にある女性が失踪し、殺された。疑われたのは農夫・ジョゼフ。ジョセフと不倫するミシェルの妻・アリス。妻のアリスに隠れてネット恋愛をする夫・ミシェル。その相手とされるマリオン。そして遠く離れたアフリカで詐欺を行うアルマン・・・。そう、我々はまだ知らない、たったひとつの「偶然」が連鎖し、悪意なき人間が殺人者になることを。この失踪事件を軸にして、5人の男女がリアルタイムで繋がっていることが紐解かれていき、壮大なミステリーに絡んでいた事実が次第に明らかになっていく…。フランスの雪深い山間の田舎で起きた事件は、遠くアフリカと繋がっていたのだった。偶然は奇跡にもなり得るが、絶望にもなり得る。幾重にも重なる「偶然」という「必然」を目の当たりにし、私たちは“神の目”で人間の本能、滑稽さ、そして運命の危うさの一部始終を目撃することになる。
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映画「悪なき殺人」ネタバレ感想・レビュー
アリスパートでの伏線
(C)2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076
「悪意なき殺人」は全4チャプターで構成され、前半では女性が失踪した事件直後の話。
後半では失踪前からの話で展開され、だんだんと真相が明かされていく。
失踪者の名前はイブリンという女性。
最初のチャプターはアリスから始まる。
アリスのシーンは、最初だから話の本筋が全然わからないようになっているものの、すべからく伏線となって回収されていくため、詳細まで覚えておくとより楽しめる。
登場人物はなんらかの秘密を抱えているが、アリスの場合は不倫だ。
アリスはミシェルと暮らしている。ミシェルは農場を営み、アリスは保険の仕事をしていた。
保険の仕事の巡回先でジョセフと知り合い、不倫関係にあった。
アリスが登場するシーンはイヴリンの失踪直後。ジョセフとミシェルの間を行ったり来たりすることで、のちに出てくる2人の不可解な行動の意味が解明されていく。
秘密にしていた不倫だけれど、夫のミシェルにはバレていて、一緒に暮らす父親も2人に愛情関係がなくなっていることを把握しているようだった。
ミシェルに不倫のことがバレていると知った後、ミシェルが電話越しに「訴える」話をしていたこと、夜遅くに戻ってきた時に顔を怪我していたことで、アリスは1つの結論をつける。
ジョセフに対して怒ったミシェルがジョセフの犬を撃ち殺し、ケンカになったのだと。
そして最後にミシェルは車を置いてどこかへ消えてしまうのだ。
アリスは自分のせいでこうなったと自身を責めるが、実は全くのお門違い。真相は闇の中。というのが最初のチャプターだ。
伏線
- アリスがジョセフの家に行くと森の方からジョセフが歩いて来た
- 情事の最中もジョセフは気が散っていた
- アリスが次に立ち寄った時、犬が撃ち殺されていた
- ジョセフの身体中にわらがついていた
- ミシェルが電話越しに「訴える」という話をしていた
- 夜中帰ってきたミシェルは鼻から血を出していた
- 翌朝、ミシェルはエヴリンの失踪現場に車を残して消えた
- エヴリンの夫は失踪時、海外に出張していた
ジョセフパートでの伏線と回収
(C)2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076
続いてジョセフ。最愛なる母を亡くしてショックで立ち直れなかったところ、アリスと出会う。
ジョセフを助けるうちにアリスは好意を持ったようだったが、ジョセフは誘われるがままに付き合っていたという感じで、アリスにも本心は隠して生きているようだった。
ある夜、犬が吠えるのを聞く。
夜中は気づかなかったが、朝、外に出てみると女性の死体があることに気づく。
それは、失踪したエヴリンの死体だった。
びっくりしていると、そこにアリスがやってきて咄嗟に死体を隠してしまう。
一度は森に捨てようとするものの、なんとジョセフは死体を持ち帰って納屋に隠すことにする。
ほとんど誰も来ず静かな場所だったが、犬だけは死体に向かってずっと吠え続けていた。
さらにジョセフが出かけている最中、犬が死体を引っ張り出そうとしたため、犬を撃ち殺してしまう。
死体と一緒に寝ているとアリスが探しにきて殺された犬を見つけてしまう。
もうこれ以上ここには隠しておけないと悟ったジョセフは山に登り、谷底にエヴリンを突き落とす。
そして自分も一緒に飛び降りるのだった。
ジョセフの一連の行動はかなり不可解だ。
しかし、ジョセフの母親が死んだ時、彼は誰にも電話せずに腐るまで放置しておいたこと。
それは愛する人を失った現実を受け入れられないがゆえの行動であり、苦しみ続けていたこと。
また、母親が死んでからずっとノイズに悩まされていて精神的に参っていたこと。
それらから、彼が死体といることで安心し、最愛の人を失った世界にいることが苦痛だったということが伺える。
伏線の回収
- アリスが来たとき、ジョセフは死体を隠していた
- 死体が気になっていたために途中で情事を切り上げた
- 犬を殺したのはジョセフだった
- ワラの中でエヴリンを隠していたので身体中にワラがついていた
伏線
- 朝、エヴリンの死体が置かれていた
- 死体は何者かに絞殺されていた
- エヴリンの死体のポケットから猿の人形が出てきた
マリオンパートでの伏線と回収
(C)2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076
ここから新しい人物が登場する。マリオンという若い女性で南フランスのセートで働くウェイターだ。
彼女はそこでエヴリンと知り合い、肉体関係を結んでいた。
というわけでここからは、時系列が失踪前に戻る。
エヴリンという女性が一体誰なのかについて焦点を当てていくことになる。
エヴリンとマリオンは確かに関係を結んでいてたが、エヴリンは息抜きとして、マリオンは本気だった。
休暇で来ていたセートから離れた後、マリオンはエヴリンの暮らす別荘まで追いかけてくる。
すぐには帰らずキャンプサイトで暮らすマリオンだったが、エヴリンとの温度感の違いにより仲違いすることになる。
喧嘩の後、警察によりイヴリンが失踪したことが判明する。
伏線の回収
- エヴリンが所持していた猿の人形はマリオンからのプレゼント
- ミシェルの怪我はマリオンに蹴られた時のもの
新たな伏線
- ヒッチハイク中に乗り込もうとした車がミシェルの車だった
- キャンピングカーの外から誰かに覗かれた気配がした
- キャンピングカーにお金が挟んであった
- マリオンとの口論の後、エヴリンを尾ける車がいた
- マリオンはミシェルのことを知らなかった
- ミシェルはマリオンのことをアマンディーと呼んでいた
アルマンパートでの伏線回収
(C)2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076
ここから地域が大きく飛んでアフリカのコートジボワールが舞台になる。
そこでは貧困にあえぐアルマンという若者が、詐欺行為に手を染めていた。
アルマンは出会い系サイトで女性を装い、男から金銭を騙しとろうとしていたのだ。
その時に使った偽名がアマンディーで、利用した写真がマリオンの写真だった。
アルマンの写真は詐欺用の素材としてコートジボワールで出回っていたのだ。
騙していた相手はミシェルで、アルマンはマリオンの写真を使ってミシェルからお金を取っていた。
ヒッチハイクをするマリオンにあった時、ミシェルだけが一方的に知っていた。
近くまで来てくれたと思い込んだミシェルは、なんとか会おうとするがなかなかうまく行かない。
アルマンが操作するアマンディーからは焦らされていて、悪い奴らに脅されているのでお金だけ送って欲しいと伝えられる。
アルマンにとってはお金を引き出す口実だったが、アマンディーを守るためにマリオンの泊まっているキャンプサイトへいく。
そこで、マリオンとエヴリーヌの口論を目撃する。
マリオンがエヴリーヌに殴られるところを見たミシェルは、勢いのままエヴリーヌを殺してしまうのだった。
しかし、マリオンはその後コートジボアールの警察に捕まり、被害者であるミシェルにも電話が届く。
警察からの連絡に混乱したミシェルは、事実を確かめるためにアマンディーが宿泊していたキャンプサイトにもう一度赴く。
そして、何も知らないマリオンに追い出されることになる。
アルマンが詐欺行為を働いていたのは、貧困から抜け出して贅沢をしたいという理由もあったが、愛する人と暮らしたいという願望もあった。
しかし、彼にはマリーという恋人がいて、その子供もいた。金銭的な理由からかマリーはフランスに稼ぎにくる男に養っていてもらっていたのだ。
しかし、警察に捕まったことで失敗し、マリーはその男性とともにフランスへ行ってしまうことになる。
そしてマリーがたどり着いた先は、エヴリンの別荘地だった。
マリーをフランスへ連れてきた男はエヴリンの夫だったのだ。
伏線の回収
- ミシェルはマリオンの顔をと出会い系を通じて知っていた
- アルマンがマリオンの写真を利用して詐欺をしていた
- マリオンを見た時、アリスと一緒にいたため車に乗せなかった
- キャンピングカーを覗いていたのはミシェル
- キャンピングカーにお金を置いたのもミシェル
- エヴリンを尾行したのもミシェル
- エヴリンを殺したのもミシェル
- ジョセフの家にエヴリンの死体を置いたのもミシェル
- エヴリンの夫はアルマンの恋人と繋がっていた
なぜアルマンのわいせつ画像が出回っているのか
アルマンのわいせつ画像が出回ったことも不運の1つだった。
コートジボワールまでわいせつ画像が出回ってしまったのには、
- コードジボワールの公用語はフランス語
- 詐欺のための写真としてフランス女性が使われている
という2つの理由がある。
今の時代、SNSである程度の画像は収集できるはずだけど、わいせつ画像まで含まれることは基本的にない。
可能性があるとすれば
- 風俗に勤めていた経験がある
- リベンジポルノの動画
であるが、動画からして誰かプライベートに渡す画像というよりも不特定多数向けのような気がするのでおそらく前者だろう。
しかし、その結果不運を招いてしまったことは確かだ。
「悪なき殺人」ラストの意味
ラスト。ミシェルはアルマンを追いかけてコートジボワールに行くも、自分のしてしまったことの重みに耐えかねていた。
コートジボアールの宿にいると、アマンディーとのチャットルームに再び連絡が来る。
それを見たミシェルは嬉しそうに笑うのだった。
おそらくこれはアルマンではない別の者が操作していると思われる。
真相は定かではないが、ここで言いたいのは本物かどうかではない。
愛に飢えたミシェルは、真実ではないと分かっていてもそこに希望を見いだしてしまうことだ。
テーマ「人間は偶然に勝てない」について
アルマンのボスが言っていたように「人間は偶然に勝てない」という偶発的な出来事の連鎖のもとに今回の不幸が起きたのだというのがことの真相だった。
エヴリンはマリオンを殴らなければ殺されなかったかもしれないし、マリオンがエヴリンを追ってヒッチハイクしなければミシェルと会うこともなかった。
アルマンがマリオンの写真を詐欺に使わなければ出会うこともなかったし、エヴリンがマリオンの住む街に行かなければ何も起きなかった。
エヴリンの夫がエヴリンに愛情を持ち続けていれば、あのような情事も起きえなかった。
しかし、人間は偶然の連鎖には勝てない。
「風が吹けば桶屋が儲かる」ように、バタフライエフェクトが発生し、悲劇の出来事が起きるようになった。
この映画の英題は「only the animals(動物だけが知っている)」。
殺人を目撃したのはエヴリンの飼っていた犬。エヴリンの死体のありかを知っていたのもジョセフの犬。
他にも様々なシーンでモノを言わない動物が真実を客観的に見ている。
しかし、この真相を知っているのは誰もいない。
知っているのは動物の他には私たち観客だけなのだ。
「悪なき殺人」登場人物の共通点とは?
今回登場した人物にはそれぞれ共通点がある。
それは誰もが愛に飢えていて、誰もがその愛に満たされていないという事実だ。
この映画の中に相互の愛というものは存在しない。
「愛とは自分が持っていないものを与えること」
アルマンが詐欺集団のボスに言われた言葉。
これは、フランスの精神分析家ラカンの言葉が元になっている。
小難しいこと言っているなと思うが、要するに自分の叶えられなかった欲望や願望を相手に与えてあげることだという意味。
この映画に登場する5人は、常に愛を与えようとしているが、愛されていない。
アリスはジョセフを、ジョセフは母親を、マリオンはエヴリンを。エヴリンは夫を。アルマンはマリーを。エヴリンの夫はマリーを。
全ての愛情は一方通行で相思相愛になることはない。もしくはその恋が成就することはない
愛の難しさや喪失感も同時に表現したこの映画は最高に素晴らしい出来だったと言えよう。
若干、バタフライエフェクトというには、ミシェルのアホさ加減や、ジョセフの奇行については羽の力が大きすぎるという気にもなるが、ミステリーとしてのおもしろさと、芸術的な表現が豊かでクオリティの高い映画だった。
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