「桐島、部活やめるってよ」の朝井リョウが原作。「桐島、部活やめるってよ」が高校生のスクールカーストを題材にしていたのに対して、「何者」は、大学生の就職活動にスポットを当てている。
就職活動といえば、エントリーシートを書いて、面接にのぞみ、自分をアピールする。本当の自分が分からなくなるぐらい盛るエピソードの数々。詐称や虚言とまではいかなくとも、自分をアピールするためには、エピソードの誇張は当然だ。
就職先を決めるのが目的になり、内定をもらうことが1つのステータスになりかねない。この映画内で登場する人物の行動はとても生々しくドキッとする人も多くいるだろう。
この映画も就職活動の始まりは、「自分のやりたいこと」を一生懸命考える。皆希望に満ちていて、大学の延長上にある1つのイベントとして楽しむ。
しかし、時がたつにつれて焦りや不安が生じる。リアルな現実がそこにあり、やりたいことをできるわけでないことを悟りはじめる。
夢を実現するのが急に青臭く感じてしまうのもこの頃。さらに他の人が内定をもらえば妬み嫉みが加速する。選考状況をひたすら隠す。
誰しもがもつ闇や、負の部分に焦点を当て、負の共感覚をもたらすのがこの映画だ。
大学生でウェイウェイやっていようと、やっていまいと関係ない。サークルのバンドを楽しんだ人、意識高く就職活動に燃えている人。就職なんてダサいとフリーランスに憧れを持つモノ。どこにいる層にも等しく攻撃してくるこの映画。あなたは誰に当てはまるだろうか。
その攻撃ポイントを一人一人解説していこうと思う。
あらすじ
就職活動の情報交換のため集まった大学生の拓人(佐藤健)、光太郎(菅田将暉)、瑞月(有村架純)、理香(二階堂ふみ)、隆良(岡田将生)。海外ボランティアの経験や業界の人脈などさまざまな手段を用いて、就活に臨んでいた。自分が何者かを模索する彼らはそれぞれの思いや悩みをSNSで発信するが、いつしか互いに嫌悪感や苛立ちを覚えるようになる。そしてついに内定を決めた人物が出てくると、抑えられていた嫉妬や本音が噴きだし……。(引用:シネマトゥデイ)
映画「何者」における登場人物の考察
家族の事情でやりたいことをやれない田名部瑞月
田名部瑞月(有村架純)は在学中に留学もして、自分自身はやりたいこともある。
しかし、家族関係があまりうまくいっておらず、父親は浮気をし、母親は精神的に弱い。瑞月が母親を支えてなければならないという理由から、現実的な選択を強いられる。
安定した大企業を志望し、そのことを小早川理香(二階堂ふみ)や、宮本隆良(岡田将生)に否定される。
やりたいことをやる隆良に自身のジレンマと重ね合わせて彼の行動を否定する。
瑞月は、やりたいことをやれない病を抱えており、やりたいことをやれる者に嫉妬する。
できるやつはできるってだけの話の神谷光太郎
神谷光太郎(菅田将暉)は典型的なウェイウェイ大学生で、順調に人生を謳歌している。
サークルではバンドのボーカルで、引退ライブを開けるぐらいに人も集まってくる。拓人のバイトの同僚も拓人の演劇は一度も見にこなかったが、光太郎のバンドは好きで足を運んでいる。
コミュニケーションの取りかたも要領が良く、人と仲良くなるのが得意なタイプ。
物事を深く考えていない分、苦悩も人より少なく人生もうまくいっている。
あまりやりたいこともない彼は、忘れられない女性と同じ職業を選ぶ。そこに就職活動に仕事への情熱はない。それでも彼は内定をもらう。
光太郎自身が言うように、「足が速いのと同じように就職活動が得意だっただけ」なのだ。
皮肉にもこの作中で就職が決まったのは神谷光太郎と田名部瑞月のみである。志望理由が企業ではない別のところにある2人である。
わたし、がんばってるー!でしょ? 小早川理香
意識が高く、プライドの高い小早川里香はとにかく自分のがんばっていることをSNSや現実世界に向けて必死にアピールしている。
自宅に集まったときもわざわざタコのカルパッチョを作ったり、就職に対する価値観などの自分語りも止まらない。
人の意見を受け入れないのもプライドが高いことの特徴だ。二宮拓人がエントリーシートの書き方について指摘したときも、田名部瑞樹が企業の選択について自分の考えを述べたときも聞く耳をもたない。プライドが高く損をするタイプである。
就職活動のやり方も、圧がすごい。光太郎が指摘していた通り、OBのSNSをフォローし、絡んでいく姿勢は積極性をアピールできるものの、うざがられても仕方がない行動である。
自己満足による自身の行動が結果に結びつかず、ストレスから、ヒステリックになっていく。
私の方ががんばっているのになぜ?という感情が妬み嫉みとなり、他人の不幸を求めるようになっていく。劇中一番救われなかったのは理香である。
ザ・意識高い系 宮本隆良
意識高い系の見本として君臨する宮本隆良。意識高い系と意識高い人の違いを分かりやすく教えてくれる。
言葉と行動がともなっておらず、何をやるにも自己を正当化し、就職活動というマジョリティの選択をとる人達を見下す。
劇中では、烏丸ギンジと対比されるが、まず行動する烏丸ギンジに対して隆良はとても慎重派でありここが決定的に違う。
何事もじっくり吟味し、失敗を恐れるタイプ。結果何もしないのに、言い訳として自分を正当化する。
拓人と理香は隆良と烏丸を似ているというが、まったく異なる人間性なのだ。
似ているのはマジョリティと同じ道を歩まない部分のみ。そこを見抜いたサワ先輩は、拓人を諌める。
批評家 サワ先輩
サワ先輩は、二宮拓人と同じ演劇部の先輩であり、バイト先が同じということぐらいしか背景がない。
その人間性を知るには登場があまりに少ないが、サワ先輩は、二宮拓人の良き理解者であり、頼れる先輩という位置づけだ。
二宮拓人の良き相談相手として、時に褒めてくれるし、時に否定してくれる。しかし、サワ先輩はもっともらしいことを言って批評しているに過ぎない。
先輩として何かに達観し、ドヤ顔で語るのが好きな人間なのだろう。
公式ホームページの紹介にも達観先輩系男子との紹介となっている。
やりたいこともやらないし、やりたくないこともやれない二宮拓人
主人公の二宮拓人(佐藤健)。大学時代は、演劇に熱中し、烏丸ギンジと共同脚本を考えるほど情熱を捧げる人物。
しかし、就職という現実をむかえて、烏丸ギンジとは仲違いすることになる。
夢を追う彼を、拓人は否定する。分析能力に優れているため、現実を常に見ている。
拓人はその分析能力のせいで夢を追う度胸がなく、マジョリティの選択を行う。その選択を肯定するため、やりたいことを諦めたことを後悔しないために彼を攻撃する。
しかし、彼は就職活動に失敗し、就職浪人となる。せっかくやりたくはないが、楽な道を選んだのにそれもできない。
劣等感と焦燥感の感情を吐き出す場所にTwitterの裏垢を利用する。
この映画の救いは、拓人が達観して終わることだ。Twitterの裏アカが理香にバレて、正気を失いそうになっていたところに瑞樹は味方となってくれる。
「拓人の演劇が好きだ」という瑞月の言葉は、拓人にとって承認欲求を満たしてくれる最たるものだ。それはSNS上での承認欲求などとは比べられないぐらいのパワーをもっているのだ。
ラストシーンで彼は、新たな一歩を踏み出していく。この先は視聴者にゆだねられることとなるが、再び演劇の道へ進む決意をしたのではないだろうか。
もう1人の拓人 やりたいことをやる烏丸ギンジ
烏丸ギンジという人物は、「桐島、部活やめるってよ」の桐島と同じようにという作中では全く登場しなかったまぼろしのような人物であった。劇中、2人は最後まで出会うことも話すこともなかったが、烏丸ギンジは二宮拓人の願望そのものの存在であり、サワ先輩が指摘していた通り、似ている存在なのだ。
二宮拓人の所属する演劇部の舞台で「もう1人のオレがいるよ」と呼びかけていたシーンがあるが、烏丸ギンジという人間は、二宮拓人のもう1人の自分のような存在として表現されている。だからあえて、そのキャラクターを表に出さないのだろう。
烏丸ギンジという人間は、ポジティブ思考であり、二宮拓人はそれに対してネガティブ思考をもつ。
二宮拓人は、烏丸ギンジのように意識が高く、何事も行動に移すことに憧れを抱いている反面、現実的な思考がそれを邪魔する。プライドがその行動を阻んでしまう。それを正当化するために二宮拓人は烏丸ギンジを批判する。
映画「何者」のポイント
就職活動中の人は安易にみないこと
一見するとリア充の彼らが内に持つ悩みをさらけ出すという描かれ方は「桐島、部活やめるってよ」に通じ観るモノの心を等しくえぐりかねない。
朝井リョウの小説は、等しく皆が少なからず抱えている負の部分に焦点を当て、それを深掘りするのがとてもうまい。
海外留学を決め、サークルのバンドを謳歌し、自分を高めることを目標にしたりと、一見すると正のオーラにまとわれていそうな大学生たちの苦悩をえぐり出し、気持ち悪いぐらいに見せつけてくる。
映画「何者」は、就職活動中にこそ観るべき映画ではあるが、決して上手くいってないときに観るべきではない。
負の連鎖になりかねないので、始める前か直後、もしくは内定をもらった後に見るべき映画であろう。
ラストシーンの意味
ラストシーンで「自分を1分間で表現しろ」という面接によくある質問が出される。拓人は考えた末に、1分以上語り、結果的に1分間で自分を表現するのは無理だと言って面接を終える。
そしてなにかのスタートになるかのようにさっそうと歩く拓人でエンディング。
あの短い面接の中で何が分かるのか。皆自分を偽り、就職しようと必死にナニカを演じる。就職とは何なのだろうか、自分は何者になれたのだろうか。
大学生が一斉に始める就職活動というイベントに疑問を投げるこの映画は、原作が就職難の時期に書かれたのだろう。
SNS以外の方法で自分を肯定された拓人は再び希望を持ち、新たな道を歩み始めるのだ。
俳優層の厚さは必見
出演する俳優だけで見るべき価値がある映画に思う。主役の佐藤健から、有村架純、菅田将暉、岡田将生、二階堂ふみ、山田孝之とすべて主役を一線で張れる役者たちばかりである。
佐藤健はいわゆるイケメン俳優であるが、今回は悩める若者を演じている。
そこにイケメン要素は全くなく、顔はいいのににじみ出る雰囲気がイケメンを完全に消している。そのあたりにいる負のオーラをまとった大学生、社会人そのものである。この雰囲気で街を歩けば誰にも気づかれないかもしれない。
いけ好かないヤツを演じたら1,2を争う岡田将生も良かったが、プライドの高い小早川理香役の二階堂ふみがさらに際立っていた。
就職に対しての考えを語るときの話し方、田名部瑞月(有村架純)に異なる意見を言われたときの反応。1つ1つのしぐさが小早川里香というキャラクターをしっかりとにじみ出していて素晴らしい。
音楽は中田ヤスタカ、米津玄師のコラボ
音楽は、話題の米津玄師。中田ヤスタカが作曲していてとてもこの映画に合っていた。
映画ではどうしてもカットするシーンが出てくるので、面白かった方は原作を見るといい。
「何者」のアナザーストーリーが描かれている。光太郎が出版社に入りたかったのはなぜなのか。理香と隆良の出会いは? 瑞月の父に何があったのか。拓人を落とした面接官の今は……。が気になる方はこの本を手にとるといい。
「何者」が好きな人におすすめの映画
桐島、部活やめるってよ
同じく朝井リョウ原作の映画。映画としても完成度が高いのでぜひおすすめ。この映画も同じく見るものを等しく攻撃する。
パレード
現代の若者のシェアルームについて描かれた作品。人間関係の裏の顔を見せつけてくる。