「ちょっと思い出しただけ」は2022年に公開された邦画。男女の出会いから別れを描いた恋愛映画。他と違うのは、別れた後の物語から時間軸を逆行させ、2人が出会うまでを描いていく点。
すでに別れている冒頭のシーンでは関係性もわからないまま進み、色々な伏線を貼っていく。それがラストにつながるにつれ、あのシーンはこの場所から始まったのか、とか、2人の思い出の核はコレなのかと判明することで、恋愛にあるあるの思い出要素としても、伏線回収としても楽しめる内容となっている。
間のとりかたにもこだわりがあり、照生と葉の2人の掛け合いにも注目。仲の良いときはつい笑ってしまうが、関係がぎくしゃくしたときの間の悪さも絶妙。池松壮亮と伊藤沙莉の超自然体な演技とともに、この恋愛体験には誰しも既視感を覚えずにはいられないだろう。
今回は、伏線になっている部分や妻を待つ男の意味、元ネタになっている「ナイト・オン・ザ・プラネット」やラストについて考察していく。
ちょっと思い出しただけ
(2022)
4.2点
恋愛
松居大悟
池松壮亮、伊藤沙莉
- 別れてしまった2人の恋愛を現在から過去へと遡っていく物語
- 誕生日の1日にフォーカスを当てて2人の恋愛模様を描く
- 誰しもが経験するちょっと思い出しただけ
- セリフの間が秀逸
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「ちょっと思い出しただけ」映画情報
タイトル | ちょっと思い出しただけ |
公開年 | 2022.2.11 |
上映時間 | 115分 |
ジャンル | 恋愛 |
監督 | 松居大悟 |
映画「ちょっと思い出しただけ」キャスト
登場人物 | キャスト |
---|---|
照生 | 池松壮亮 |
葉 | 伊藤沙莉 |
泉美 | 河合優実 |
さつき | 大関れいか |
康太 | 屋敷裕政 |
フミオ | 成田凌 |
牧田 | 市川美和子 |
ジュン | 永瀬正敏 |
バーのマスター | 園村隼 |
映画「ちょっと思い出しただけ」あらすじ
照明スタッフの照生と、タクシードライバーの葉。物語はふたりが別れてしまった後から始まり、時が巻き戻されていく。愛し合った日、喧嘩した日、冗談を言い合った日、出会った日・・・コロナ禍より前の世界に戻れないように、誰もが戻れない過去を抱えて生きている。そんな日々を“ちょっと思い出しただけ”。
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映画「ちょっと思い出しただけ」ネタバレ感想・解説・考察
別れた理由の伏線がはられているシーン
(C)2022「ちょっと思いだしただけ」製作委員会
「ちょっと思い出しただけ」は、照雄と葉の出会いと別れを描いた映画。時間が逆行しているため、2021年7月から始まり、2015年の出会いに遡っていく。照雄の誕生日である1日にフォーカスを当てて、そのときの2人の出来事や他愛もない日常を映し出す。
未来から過去へ向かうので、色々な伏線が貼りやすい。2019年にはわからなかったセリフや出来事が、それよりも過去の出来事で判明したりする。
ラストまで観た後もう一度楽しめる映画だ。
バレッタ
2019年の誕生日に押し入れの中きら出てきたバレッタ。これは照雄の誕生日に葉がくれたプレゼントだ。
別れてから1年が経過し、もう出会うことはないと悟った照雄は、のばしていた髪を切ることで葉に別れを告げる。
商店街
2019年に商店街で酒を飲みながら歩くシーン。これは照雄が葉と初めて出会ったときに来た商店街で、同じように2人で飲みながら歩いていた場所だ。
バレッタを見つけたことで「ちょっと思い出した」照生は、当時と同じように歩いていたので泉美に見られた時に表情が笑っていたのだ。
2人の部屋
葉が現在進行形で住んでいるアパートは、以前2人で住んでいた場所。
しかし、2016年にまで戻った時は葉が住んでいた。段ボールが積み重なっていることから、引越して間もない。別れたあとは、照雄だけが残り、葉が出ていく形になったようだ。ちなみに2015年は別のカップルが住んでいる。
また、猫は付き合ってから飼い始めていて、別れたあとは照雄が同じアパートで飼っている。
葉はLINEのアイコンをその猫のままにしていたが、康太と出会ったことをきっかけにLINEのアイコンを変更した。葉もまた、2019年に照生との別れを吹っ切ることを決意したのだ。
尾崎世界観
この映画のテーマ曲になっているクリープハイプのボーカルである尾崎世界観は、映画の中でもたびたび登場する。
- 2021年の葉運転するタクシーの中
- 照雄が照明を当てていたときに歌っていたバンドマン
- 2人が商店街で歩いていたときに弾き語りをしていた路上ライブをしていた男
お互いが「どこかで会ったことある」と思ったように、どこかで会っているのだ。
映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」
ナイトオンザプラネットという映画が物語のキーになっているが、これは葉が好きだった映画だ。
2人は何度も映画を観て、映画のセリフを再現しながら笑い合っていた思い出がある。しかし、2018年の誕生日のタクシーの中で空気を和まそうとした照雄がボケて映画のセリフを話すもスルーされ、事態は最悪な方向へ向かってしまうのだ。
ダンサー
ダンサーの和泉は、照雄がダンサーをやっていた頃からの古くからの知り合い。彼女は2021年には見事に夢を叶え、演劇でダンスを披露する。高校生から20前半の若い女性を毎年登場させることで、年数の経過を意識づける役割も果たしている。
体操
朝の体操も2人の日課。離ればなれになった後もそれぞれで踊っている。
いたるところに2人の思い出を感じさせる伏線が貼られているので、それを見つけるために見返すのがおもしろい。
劇中の映画はジム・ジャームッシュ監督作品
(C)2022「ちょっと思いだしただけ」製作委員会
照生と葉がよく見ている映画。過去にさかのぼっていくので最初は何のことだかわからないが、次第に2人にとって思い出の核になっていることがわかる。
これは1991年に公開されたジム・ジャームッシュ監督の「ナイト・オン・ザ・プラネット」。クリープハイプのボーカルである尾崎世界観がオールタイムベストに挙げており同名タイトルの曲は「ちょっと思い出しただけ」でも使われている。
ジャームッシュの作品の魅力は、台詞と台詞の間合いにあると思っています。登場人物が喋っている言葉よりも、前後の間の方が印象的です。静かだけど、台詞以外の音がちゃんと聞こえてくる気がして、そこに強く惹かれます。
ginzamag
「ナイトオンザプラネット」は、同じ時間帯にまったく違う国のタクシー内で起きた出来事を描く会話劇。この映画に着想を得ている「ちょっと思い出しただけ」は、その軸をひっくり返して同じ場所で違う年の同じ日にさかのぼってストーリーを展開していく。
時間軸を出会いから別れにせず、始まりの出会いを描いたのは「別れ」となると悲しい話になりそうだったからだ。
時間軸が順行だと「男女が出会って別れていく」という、単に悲しい話になりそうだったので「だったら時間を逆行してみよう」と。
natalie.mu
劇中に出てくる曲・挿入歌
劇中に挿入されるのは、クリープパイプというバンドの曲。ボーカルである尾崎世界観は、アーティスト役としてストーリーの中に何度か登場する。
葉のタクシーに乗り合わせたり、照雄が照明を当てていたのが尾崎世界観であり、2人が商店街で踊っていたときに歌っていたのも本人だ。
エンディングの曲は「ラストオンザプラネット」。
途中弾き語りをしていたのは「exダーリン」。
他にも「君の部屋」「さっきの話」が流れている。
ジュン(永瀬正敏)は誰を待っているのか
(C)2022「ちょっと思いだしただけ」製作委員会
ジュンは、照生の住むアパートの近くにある公園で出会う男。彼はずっと誰かを待っているのだが、時がさかのぼるにつれてそれが妻のことだとわかる。
照生は月命日に花を渡していたように、妻には先立たれている。ジュンは、照雄や葉とは異なり永遠の愛を貫く人物として描かれる。
だから彼は常に誰かを待っているが、その妻はもうすでに亡くなっている。しかし、いつか会えると信じて待ち続ける夢物語みたいなストーリーだ。
だがしかし、松居監督のインタビューには、以下の記述がある。
愛を貫く人は、僕らが作り上げたこの物語の構造すら逸脱した存在として描きたいなと。それでジュンだけ時間の流れを逆にして「未来の世界で妻を待つ」という設定にしてみました。物語は未来から過去への逆行として描かれている。だから照雄と葉は別れている現在から最初の出会いまで遡っていく。
natalie.mu
つまり、ただの夢物語ではない。
その構造を逸脱しているジュンにとっては過去こそ未来なのだ。ジュンの登場回だけはストーリーの流れと同じように時間が未来に向かって進んでいる。
つまり、彼は死んだ妻をいつか来ると信じてずっと待っているわけではなく、死んだ妻が生きている時代に向かっているのだ。
その時系列で考えるとジュンとその妻は雨の中公園でようやく出会うことができて、最後は2人で仲良くベンチに座っている。そう考えるとジュンに対して感じる感情が一気に変わるのではないだろうか。
子供について、ラストはハッピーエンドなのか?
(C)2022「ちょっと思いだしただけ」製作委員会
物語のラスト、過去を遡っていた2人は現在に戻る。2人の今の生活が垣間見えるが、葉の住む部屋に赤ん坊が登場する。抱きかかえている男性は以前コンパで知り合った康太。2人は2019年に出会い結婚していた。
しかし、マンションのベランダで黄昏れる葉はどこか切ない顔をしていた。
果たしてこの映画はハッピーエンドなのだろうか?
「ちょっと思い出しただけ」は、タイトル通り、現代から6年間の葉と照生の出会いと別れを思い出していくストーリーだ。
この「ちょっと」と「だけ」というワードが肝であり、ここにはいろいろな含みをもたせている。
2人は別れてすでに数年が経過している。この「ちょっと」という言葉には相手のことを明らかにひきずっているわけではないというニュアンスが含まれている。
引きずり続けていて忘れられないわけではないけれど、たまに思い出してはナイーブになるのだ。
「だけ」というワードは強がりを表していて、思い出してはナイーブになっている自分を悟らせまいとしている。
物語の核となるクリープハイプの曲「ナイトオンザプラネット」の歌詞に
夜にしがみついて朝で溶かして何かをひきずってそれも忘れてだけどまだ苦しくて
とあるように、何かを思い出しては苦しくなり、胸をギュッとえぐられるような気持ちになることがある。
葉がベランダに出て朝日を見ていたのも、照生が窓から日が昇る姿を静止して見ていたのも、朝でその苦しみを溶かすための行為だ。
もう終わっていると2人はわかっているのは、踊る姿を見つけた葉とタクシーを見た照生の表情で理解できる。2人はまだ思い出すこともある。「ナイトオンザプラネット」の歌詞に
命より大切な子供とアニメを観る
とあるが、ママになった葉にとってこれはハッピーエンドなのだ。それは照生との子供ではなかったけれど、まだ照生の誕生日に思い出してケーキを買ってしまうけれど、その日に食べなかったのは、過去をこれ以上ひきずりたくなかったからなのだ。
あくまで「ちょっと」思い出した「だけ」なのである。
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