「ポゼッサー」は2022年公開のスリラー映画。
殺人請負会社に勤める暗殺者が、他人の意識に入り込み、意識を奪い取った人間を操り目的の人物を殺害するディストピアSF。
殺害後は入り込んだホストを自殺させて元の人格に戻るという人権無視の世界観がまた魅力の1つである。
ちょっとグロテスクで不快な表現も含まれているのが不快だけれど、「複製された男」のように、どこか現実離れしたあいまいな世界観が映像に表現されているところは魅力的である。
また、あまり説明のない映画なので不可解な点を深掘りすると現れるさまざまな伏線もおもしろい。「ポゼッサー」は、複数のカラダを渡り歩くことで自己の精神が侵されていく話ではない。
抑圧からの解放の話である。
「ポゼッサー」
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「ポゼッサー」映画情報
タイトル | ポゼッサー |
公開年 | 2022.3.4 |
上映時間 | 103分 |
ジャンル | スリラー |
監督 | ブランドン・クローネンバーグ |
映画「ポゼッサー」キャスト
登場人物 | キャスト |
---|---|
タシャ・ヴォス | アンドレア・ライズボロー |
コリン・テイト | クリストファー・アヴォット |
マイケル・ヴォス | ロッシフ・サザーランド |
エヴァ・パース | タペンス・ミドルトン |
ジョン・パース | ショーン・ビーン |
ガーダー | ジェニファー・ジェイソン・リー |
リータ | カニーティオ・ホーン |
エディ | ラウール・バネジャ |
映画「ポゼッサー」あらすじ
タシャは、殺人を請け負う企業に勤務するベテラン暗殺者。上司のミッションのもと、特殊なデバイスを使ってターゲットに近しい人間の意識に入り込む。そして徐々に人格を乗っ取っていきターゲットを仕留めたあとは、ホストを自殺に追い込んで“離脱”する。すべてが速やかに完遂されていたが、あるミッションを機にタシャのなかの何かが狂い始める…。
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映画「ポゼッサー」ネタバレ感想・解説
あらすじ
(C)2019,RHOMBUS POSSESSOR INC,/ROOK FILMS POSSESSOR LTD. All Rights Reserved.
タシャは、殺人請負会社で働く殺し屋。殺人請負会社という表現が退廃的な印象を受けるが、他人の脳に意識を入り込ませて相手を殺害させることが可能になった近未来が舞台。
「インセプション」のように他人の頭に潜り込み、「攻殻機動隊」のように意識だけが自我を保つ指針となる。
他人になりきりターゲットを殺した後は、乗っ取ったホストごと自殺させて意識を戻す。人道的にも狂っていてディストピア感が満載だ。
ホストに潜り込むためには、対象の人物を拉致して頭の中に金属片を埋め込む必要がある。
こうすることで、タシャの意識とリンクさせ意識の伝送を可能にする。
拉致することもそれなりにリスクもあるので、だったら最初から殺したい相手を乗っ取って自殺させたほうがいいのではないかとさえ思うが、それはやらない。
ターゲットは重要な人物だが、操る相手はホステスだったり下層の労働者であるので、おそらく拉致しやすいし操りやすいのだろう。
他人の体内に入り込み、殺人を犯し続けるタシャの精神がだんだんと歪んでいくのが「ポゼッサー」である。
おもしろいのは複数のカラダを渡り歩くことで自己の精神が侵されていくという流れではない。
「ポゼッサー」は抑圧からの解放の話である。
コリンの仕事はなんだったのか?
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タシャが次のターゲットを殺すために潜り込んだコリンが勤めるデータマイニングの会社。
まだ私たちが暮らす現実世界には存在しない仕事で意味が分からない人も多いはずだ。
コリンはVRのメガネを装着してひたすらカーテンの色や形状をひたすら伝える仕事を伝えていた。
どこかの家庭のどこかのカメラを読み取り、メタバースの世界における「カーテン」を「カーテン」だと認識させるためにタグ付け作業をしているのだ。
そしてある家庭が当たり前のように監視されていて、個人情報なんて全くない。それを「ファック」とか言いながらも受け入れているところがいかにもディストピアらしい表現で最高だ。
現代に、ものづくりのライン作業があるように、そこでは淡々と単調な作業をこなしている。
インターネットが世界の中心になったことで発生した新たな仕事は、メタバース世界にひたすらメタデータを埋め込む作業なのだ。
パソコンの普及期にひたすら紙の情報をデータ入力をする仕事があったように、コリンはメタバースの世界にひたすらタグを埋め込んでいく。
カーテンの形状を上司と思われる人物に報告しているが、対象物を認識させてるためにAIに報告しているのだ。
こうすることでAIは、切り取られた画像がカーテンだと認識し、それがどのような形状なのかも覚えていく。
インターネット世界を構築するのは、膨大な数のデータの整理にすぎず、AIだメタバースだなんてもてはやされているけど、あれの原理はデータの集合体にすぎない。
まさに流れ作業的であり、たいした知的労働を必要としないため低賃金労働にあたる。
一方で資本家側にいるジョンのような起業家たちのように、AIに働いてもらうことで、自分達はパーティをして酒を飲んでいても暮らせる人間たちもいる。
ディストピアSFらしい終末感である。
その末端の仕事をしているのは、コリンの恋人エヴァの父親ジョンが会社の社長だからである。
ひどいサディストのジョンはエヴァの恋人であるコリンに試練として最下層の仕事を与えているが、その態度は明らかに見下している。
そうした恨みは別として、コリンの意識を乗っ取ったタシャはジョンを殺す。
その場に居合わせたエヴァも殺してしまったことで、コリンの意識が戻ってくる。
エディを殺したのはタシャかコリンか?
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コリンが意識を取り戻したせいで、タシャはコリンの意識から抜けられなくなる。
そのうちにコリンは頭の中に埋め込まれた金属片を抜き取ったことで、覚醒するタイミングを失ってしまう。
不倫相手の女性の家に隠れたコリンだったが、そこにきたのはエディだった。
しかし、エディの意識はタシャの属する組織が送り込んだ男に変わっていた。エディの意識を乗っ取って、タシャを助けにやってきたのだった。
しかし、ふと気づくとエディは死んでいた。タシャを助けるために再びアクセスしようとしたところ、コリンが再び目覚めタシャの意識を乗っ取ったのだ。
コリンは防衛反応的にほとんど無意識下で殺しているため、意識を取り戻したあとは死体の存在に衝撃を受ける。
ちなみに、不倫相手を殺したのはタシャである。
なぜタシャは夫と息子を殺したのか?
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自分のカラダを取り戻したコリンは、なぜカラダを乗っ取られているのか分からなかったが、乗っ取った女性の記憶をたどり、タシャの家にたどり着く。
そこでタシャの夫をおどして、自分が何をされているのかを聞き出そうとする。
しかし、現れたタシャの内面と向き合ったとき、タシャがとった行動は夫を殺すことだった。
この理由が冒頭で話した抑圧からの解放なのだ。
タシャは自分が暗殺者として働いていることを家族に隠していた。
しかし、秘密を抱えているタシャの負担は次第に大きくなり、重圧としてのしかかるようになる。
「タシャ」が家に帰るだけのために、家族との会話を何度も練習しているシーンがあった。
あれは、暗殺者としての存在を隠し、母親として、妻としての役割を演じるために練習していたのだ。
それはコリンの体を乗っ取る前に、彼の声真似をしていたシーンと全く同じだった。
その結果、コリンの体を乗っ取りながらタシャは自分の夫を殺すのだった。息子に関しては想定外だったが、覚悟を決めて息子も殺害する。
Psessor is Tasya’s journey into understanding her true self as an apathetic killer with a taste for blood. But she doesn’t want to admit to that.
(ポゼッサーは、タシャが彼女自身が殺人鬼としての自己を理解するための旅である。しかし彼女はそのことを認めたくないのだ。)
引用:FSR
タシャは自分自身にビジネスとしてではなく、本能的欲求として殺人衝動があることを認めていなかったのだ。
しかし、その抑えつけられてきた欲望を解放するために愛する夫と息子を殺したのである。
エンディング・ラストの意味
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映画の冒頭、タシャが殺人を犯して意識を取り戻した後、テストを行っている。あれはタシャ本人の意識が正常に戻ってきているかどうかを試すテストだった。
その1つ、蝶の標本を目にして、タシャ小さい頃の記憶を話す。
その標本はタシャがまだ小さい頃に捕まえた蝶で、標本にするために殺したというエピソードを持っている。
そして冒頭では、蝶を殺すことに罪悪感を感じたと話す場面がある。
しかしラスト。夫と息子を殺して自分のカラダに戻ってきたとき、蝶のことは覚えていたが、罪悪感のことは口に出さなかった。
つまり、ラストで愛する夫と息子を殺したとき、タシャの中で殺人鬼と家族の狭間で悩み続けた葛藤が吹っ切れたのだ。
タシャは刺すことにこだわっていた。それは幼少期に蝶を標本にするために刺し殺した経験がもとになっている。
彼女はそのことについて、一定の罪悪感を持つとともに快楽も得ていたのだ。
その快楽を認めきれないタシャだったが、ラストには自分を受け入れ、家族と訣別する。
「ポゼッサー」は決してタシャが夫や息子を通じて愛を取り戻すハッピーエンドでもなければ、暗殺者が自分の意識を乗っ取られて愛する家族を殺されるバッドエンドでもない。
冷淡な暗殺者である自分を否定して自己を抑圧しながら生きてきたタシャは、本当の自分を受け入れて抑圧から解放される話なのだ。
果たしてこれはバッドエンドなのか、それともハッピーエンドなのかどちらだろうか。
荒削り感は否めないが、皮肉たっぷりの演出はディストピアらしくて良い映画だった。
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